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緑の風−1


月がだいぶ高くなった頃、邸の主人は帰ってきた。
いつもの出迎えがない。
「[#da=2#]は?」
「それが、帰られてすぐはお室にいらしたのですが、お館様のお帰りを告げに行ったところいらっしゃらなくて。お食事もお帰りになったらということだったのでまだ召し上がられてないのです。お出かけはされていないので中にはいらっしゃると思いますが」
少し歯切れ悪く侍女が答える。


庭でも散策しているのかと思ったが、それにしてはだいぶ遅いし
見たところでいつも使っている沓も残っている。
先に着替えてからふと思いついて、書庫に足を向ける。

「[#da=2#]、いるのか?」
声をかけるが返事がない。
「入るぞ」と驚かさないようにもう一度声をかけてから足を踏み入れると、床に座り込みあちらこちらに何冊も本を広げて、手に持っているものと忙しなく見比べている。

集中しすぎて気がつかなかったのだろうか・・・とクスリと笑ってもう一度声をかけながらぽんぽんと肩を叩く。
「[#da=2#]、ただいま」

「鳳珠・・・おかえりなさいませ。お出迎えもお着替えのお手伝いもしなくて失礼いたしました。」
慌ててスッと立ち上がり挨拶をする。
「あぁ、そうだな・・・いつもの挨拶は?」
ちょっと意地悪く、機嫌が悪いふりをして低めの声で伝える。

「・・・」
赤くなりながらツツツ・・・と鳳珠に近寄り、背伸びをして頬に口付ける。
「お帰りなさいませ、鳳珠様」
「ただいま、[#da=2#]」
チュッと額に口付けて満足気に微笑む。


「ところでどうしたんだ、珍しい。こんなに散らかして。夕餉もまだだと聞いたが」
「えっ?もうそんな時刻ですか?」
「あぁ、もうすぐ亥の刻に近いだろう。軽く夜食にするか」
「はい。あの・・それでお願いが・・・」

ん?と目で尋ねる。
「ここをこのままにしておいてもよろしいでしょうか?少し調べ物をしているのですが、まだ終わっていなくて・・・」
床に散らかる本を見ると、いわゆる辞書の類・・ぱっと見たところ文字に関するものばかりだ。

「何かあるようだな。食べながら聞かせてくれるか?」
「はい」
「ではいこう」
手を取って書庫を出た。


軽く采をつまみながら、手紙の件を話し、食後のお茶を飲む時に
[#da=2#]は手紙を見せた。
「過去にもこういうお手紙はありましたか?」
「いや、初めてだ。確かに、文字のようにも見えるが、存在しない文字だ。
(仙洞省や縹家が絡んでないといいが・・・)


「そうなんです。それで、分解してみたり音を合わせてみたら意味の取れるものも出てきていて、候補を書き出しているんです。まだ全然なんですけれど」
と、書き出した紙を見せる。

「今日帰ってからやり始めて、もう3割も発見しているのか、すごいな」
鳳珠は純粋に驚いた。もともと頭がいいとは思っていたが、これはなかなかだ。
「でも、まだ拾っているだけで、法則性や意味まではつかめていません」
何やらしょんぼりとうなだれている姿が可愛い。

「それで、書庫はそのままで、と言っていたのだな」
「はい。明日以降も、帰ってきたら作業してみます」
「無理をしないようにな。私も早く帰れたら手伝おう。幸い、急ぎの案件は大体目処がついている。」

ぱっと顔を上げてキラキラした笑顔でこちらを向いてくれた。
でも・・・と鳳珠が続ける。
「随分と集中していたようだから、無理して出迎えなくても構わないからな。」
「でも、それじゃあんまり・・・」
またしゅんとして下を向いてしまう。

「[#da=2#]」
手を出して呼び寄せる。
立ち上がりトコトコと寄ってきた[#da=2#]の腰を抱き寄せ膝の上に抱えて耳元で囁く。

「書庫で二人きりの時のおかえりの挨拶の方がいいだろう?」
甘い声の甘い言葉にクラッときた[#da=2#]は真っ赤になって鳳珠の首元に顔を埋めた。




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