緑の風−1
相変わらず馬車馬のように働く戸部。
陽が傾きかけた頃、
「鄭尚書令がいらっしゃいましたよ」
柚梨に声をかけられて顔を上げる。
「やぁ」とニコニコしながら悠舜は入ってきた。
「悠舜、そこにかけろ。遣いでも出して呼んでくれればこちらから行ったのに無理をして」
「私も少しは動いたほうがいいんですよ。今日はこれで帰るのでその前に寄ったんです」
どうということない顔で座ったが、脚をさすっている。
「前に話した、凜と[#da=2#]殿を会わせたくてね。私たちで結婚祝いをしたいと思っている。鳳珠がよければ次の公休日前日に、2人でうちに来てくれないかな」
「と、言われたのでな。そのつもりでいてくれ。帰りに戸部に来てもらって一緒に向かおう」
帰邸してきた鳳珠に突然告げられる。
(えぇっ?たしかに鳳珠は仲良しだけど、私も?)
「ただでさえ鄭尚書令はお忙しいし、奥方の柴凜様も工部に遅くまでいらっしゃると聞くし、お招きいただいたからと言ってのこのこ伺っていいのかしら?」
悠舜の家に招かれた話を[#da=2#]にしたら、少し戸惑った顔をしたあと、真っ先にそのことを悩み始めた。
「悠舜からの誘いなので気を遣う必要はない。以前から、何度か桃華を紹介してほしいと言われていたし、奥方からも頼まれていたからね」
「そう仰るなら…柴凜様はとてもキリッとして素敵な方ですよね。鄭尚書令は確かお二人でお住まいなんですよね?何をお持ちしたら喜んでいただけるかしら…?」
(発明家さんだというし、だいたいなんでも持っているだろうし、趣味もわからないし…)
ぐるぐると思考の渦に入っていく様子を眺めていた鳳珠が助け舟を出す。
「悠舜の奥方はなんでも作れるからな…無難な選択だが、2人で寛ぐ時用に酒にするか。それなら悠舜は喜ぶはずだ。」
「わかりました、用意しておきますわ。2、3種類用意しておくので、鳳珠が決めてくださいね。」
「わかった。あ、あと…黎深には秘密にしておけ」
「わかりましたわ。ところで一つ確認を…」
[#da=2#]が隣に来て座る。
「いままでは邵可様か黎深様と話すことがほとんどだったから”鳳珠様”とお呼びしてますし、宮城では”黄尚書”にしてますけど、こういう場合はどうしたらいいのかしら?」
少し前から思っていたことだ。
悪魔の国試組はみんな名前で呼び合っているようだが
「お仕事でもお家でもない場で鳳珠と一緒にいる時にはどうお呼びしたらいいかしら?と思ってたの」
(邵可様はたしか”そなた”とか”おぬし”と呼ばれていたし、黎深様は”君”…)
「紅家って…全然参考にならない…」
思い浮かべてガクッと項垂れる。
「そうなのか?そうだな、凜殿は確か”旦那様”と呼んでいたな」
[#da=2#]は鳳珠を見つめて「旦那様…」と小さく呼びかけてみる。
「旦那様」
「悪くないな」
ニヤリと笑って頭を撫でてくる。
「だが、私のことを知っている人の前ではやはり[#da=2#]には名前で呼んでもらう方が私は嬉しい」
「わかりましたわ、”鳳珠様”」