桃色吐息
帰りの俥の中で、先ほどの珠翠の話を思い出す。
藍将軍と劉輝様がこの話をしていたなら、絳攸様もご一緒だっただろう。
黎深様の耳に入ると、ちょっと厄介かな、と桃華は身構える。
(鳳珠が帰ってきたら相談してみよう)
邸に帰ると、家の者が「奥方様にお客様が・・・」と遠慮がちに言ってきた。
「わたくしに?どなた?」
「紅黎深様です」
「わかりました。向かいます。」
着替えるまもなく、急いで室に向かう。
「黎深様、ようこそ」
と言っても、結婚後そんなに時間もたっていないし、なんなら結構な頻度で(勝手に)来られているのであまり久しぶり感はない。
ただ、鳳珠不在の時に来たのは初めてだったかしら・・・と考える。
「[#da=2#]、今日は後宮だけだったんだね。」
チラリと服装を見て、黎深は言った。
くつろぎ具合からして、鳳珠待ちに違いない。
「御酒のご用意しましょうか?」
「頼む」
ちびちびと酒を飲みながら、紅家の近況を聞く。
百合はまた紅州に帰ってしまったらしい。
「おかえりになる前にもう一度お会いしたかったです。きちんとお礼もできなかったので」
[#da=2#]は少し寂しそうに言った。
「またすぐ帰ってくるさ」
そういえば、黎深が鳳珠邸にまた勝手に出入りする様になったのは百合が紅州に帰ってからだった、と[#da=2#]は思い当たる。
ここで黎深様もお寂しいですか?などと聞いたら確実に吹雪になるので黙っているが。
「[#da=2#]は・・全く、やっぱりあいつにはもったいないな。あんな冷血仮面捻くれ者のどこが良かったんだ?」
(あぁ、邵可様たち以外に興味のない黎深様がこれを言うとは、完全に詰んだ・・・)
[#da=2#]は遠い目をする。今までそんなこと一度も言わなかったくせに。
もっとも、黎深に見通せないことはないのだから仕方ないけど、鳳珠がこの場にいないだけマシかしら。
どう答えようか迷っていると、さして答えに興味があったわけではなかったのか、
「その首飾りをつけているところを初めてみたな」
と紅い扇を胸に突きつけてきた。
「これ・・・ありがとうございました」
首飾りについて2度目のお礼を言う。
「外朝ではつけていないだろう?これからは、外朝でもつけるといい」
「えっ?」
「鳳珠も多分反対はしないぞ、な?」
?と思うと、
「全く貴様は・・・」と鳳珠が部屋に入ってきた。
「いつもと逆だな」
と黎深が笑う。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、[#da=2#]。また貴様は入り込んで」
ぶつぶつと鳳樹は文句を言っているので、とりあえずお酒を渡しておく。
そっと席を外し、つまみの用意をしに行く。
「さっきの会話、きいていたんだろう」
「あぁ・・・」
「今や外朝官吏の話題の的だからな、手を出そうとした馬鹿どもは全て潰したが後を立たんので困る」
とあまり困っていないように黎深は酒器を弄ぶ。
「いつまで勤めさせるんだ?」
「特に決めてはいないが・・・黄家の仕事は少しずつ覚えてもらっている。覚えが早いので割とすぐに頼めるとは思うが、急に生活が変わるのも負荷がかかると思って、様子を見ながらな」
「君も甘いんだか、厳しいんだか、昼間も一緒にいたいだけなんだか」
[#da=2#]には官吏ほどギリギリのことはしていないだろうが
”能力を見極めて仕事を振る”という意味ではおそらく似た様なものだろう。
「家の仕事を始めたら黄州と往復で大変なんじゃないか?」
百合を思い浮かべながら聞く。
「そもそも私がやっているぐらいだから、あまり行かずに済むだろうが[#da=2#]ひとりになると当主から来いという話は出るだろうな。なるべくそうならないようにしようと考えている」
家の調整もしている、ということか。
「それにしても、あの様子を見たら、早めに引き上げさせたほうがいいだろう。さっきの話も・・・」
「後で相談しておく。」
酒の肴を持って戻った[#da=2#]も入れて3人での酒席が始まった。
すぐ赤くはなるが紅家で鍛えられている[#da=2#]はそこそこ飲める。
仕事の話半分で思ったより長居せず黎深は帰っていった。