紅の企み
[#da=2#]は用意をし始める。
心なしか楽しそうに見えるのは気のせいか。
服装は支給品だろう、外朝を出入りするのにふさわしく、生成りで進士服のような機能的な装いだが、後宮次席女官なだけあり、身のこなしや所作は美しい。
こちらが仕事をしていると思い、無駄に話しかけてこないところも弁えている。
つい観察するように桃華を見つめていた自分に気が付いた鳳珠は
慌てて書簡の処理をする。
(この私があのように女性を見つめてしまうとは)
少し恥ずかしくなり、下を向いて依頼に集中する形をとるが、つい目の端で桃華を追ってしまう。
(これは、いかんな・・・)
とはいえ、少し迷いが生じたが、昨日の話の続きを聞いてみたくなり、決心をした。
「どうぞ、黄尚書。お口にあうとよろしいのですけれど」
と[#da=2#]がお茶を差し出す。
「こちらは、紅州みかんを使った新作のお菓子だそうですわ」
「ありがとう。あなたはそちらにかけてくれ」
と座るよう促す。
座ったことを確かめてから
「では、いただくとしようか」
と仮面に手をかけ外した。
一度、じっと[#da=2#]を見つめてみる。
同じぐらいの視線で見つめ返している彼女の瞳の中には
自分が映っているだろう。
ただそれだけのことが、鳳珠にとてつもない喜びを与えた。
「いただきます」
もう一度言ってから、お茶をいただく。
「さすがに美味しくお茶を淹れるのだな。とても美味しい」
素直に褒め言葉が出た。事実、ここまでうまく淹れられる人は少ないだろう。
「ありがとうございます」
少し目を伏せ、だが嬉しそうにしている姿を見て可愛いと思ってしまった。
(女性を可愛いなどと思ったのはいつぶりか・・・)
百合姫を忘れられない自分にはあの時以来の気持ちか、と少し愕然としながらまた鳳珠は気持ちを持て余し悩み始める。
「今日も仮面を取ってくださったのですね。でも・・・」
すぐに[#da=2#]の一言で引き戻された。
「あなたは私の顔を知っているからね。尚書室の扉も閉まっているし・・・あぁ、柚梨なら問題ない。昔からの付き合いなのでね」
「それなら心配しなくていい、ということですね」
やはり、私に気を遣ってくれていたらしい。そんな些細なことも嬉しく感じた。
「そういえば・・・」
鳳珠は仮面を外した目的を思い出して口にする
「あなたは昨日、顔だけではないと言っていたが・・・」
?[#da=2#]は小首をかしげた。昨日もそんなことをしていた。
考える時の彼女に癖らしい。
「紅尚書に黄尚書のお顔をどう思うか、と聞かれたことですわね?そのままの意味ですわ。その方がどういう方か、というのはお顔だけで決まるわけではないですもの。そうですね、例えば・・・怜悧冷徹冷酷非道、と言われる方も、大切な人に対しての愛情はほかの誰にも負けないぐらい全力でしょう?」
黎深の顔が浮かび思わず間に皺を寄せたのを見てクスクス笑いながら続ける。
「昨日も申し上げましたけれど・・・お気を悪くなさらないでくださいね。
黄尚書は本当にお美しくて、素敵ですわ。過去にお倒れになった官吏の方がいらっしゃるというのも気持ちがわかるくらい。どんな美しい芸術作品も霞んでしまいますわ。でも、黄尚書はそれ以外にもたくさん素敵なところがあるのにお顔の美しさに気を取られて、みなさんそのほかのところはお気づきにならないのではないかしらと思いましたの。だから、お顔だけではないと申し上げましたわ。」
鳳珠はじっと[#da=2#]を見つめている。
「あなたは本質を見て判断される、ということか。それは素晴らしいことだが、見られる側としてはなかなか厳しいな」
「申し訳ございません、そんな偉そうなことではなく・・・」
「いや、問題ない。私も事実そうだと思っているからな。
だから謝ってもらうことはないし、むしろあなたには礼を言いたいと思っていた。ありがとう」
思いより先に言葉が口から出た。
心の中に温かいものが広がる。
(そうか、私は嬉しかったのだ。[#da=2#]が自分に対してどう思っているかは別として)
もう傷つきたくないので、心に芽生えた思いにも予防線を張る鳳珠。
「そんな、お礼を言っていただくなんて・・・
私も同じように思っていただけて嬉しいですわ」
お茶のおかわりを入れながら桃華が柔らかく微笑んだ。
([#da=2#]から私はどう見えていたのか、知りたい。だが早急か・・・)
少し楽しそうにしてくれている[#da=2#]だが、黎深に言われてお遣いとしてきているだけだろう、淡い期待はしてはいけない。
でも一方で、知りたいとも思う・・・
昨日からちょうど丸一日ぐらい経っただろう
最近になく気持ちの変化が激しくて落ち着かない。
もう少し、[#da=2#]のことも知りたい・・・
「[#da=2#]殿はどのようなお菓子が好きかな?
もしよければ、今度戸部に用がある時は、私がお菓子を用意しておくので、またお茶をいれてもらえないか?話がしたい。」
「わたくしでよろしければ、喜んで」
その後、果物や木の実の入ったものが好きだと聞き出し、
頭の片隅で手配を考えながら依頼の書類仕事を終え、手渡した。
「この後、吏部に届け物をするから私も出るので送っていこう。遅くまで引き止めてしまって悪かった。この後は後宮に戻るのか?」
「はい」
「では、そこまで送ろう。仮面との二人歩きは嫌かな?」
「滅相もございませんわ。きっと、箔が着きますわ、わたくし」
笑いながら快諾してくれた。
仮面をつけ、[#da=2#]と戸部を出る。
遅い時間で人も少なく、見咎められることはなかったが、連れ立っているところを見られたらどんな噂になったか、というところまで意識は回らなかった。
[#da=2#]を送り、吏部へ足を運ぶ。
もういないだろうと思っていた黎深は
「遅い」と不機嫌さを全面に出して迎えた。
「私の贈り物は受け取ってくれたようだな」
「贈り物?仕事の間違いだろうが。依頼のものはこれだ、渡しておく。
後は処理をしておいてくれ」
一応機密書類のため、直接手渡す。
「これではない、贈り物だ」
「みかんの菓子か?今度のはまぁうまかった」
(こいつ、わざとはぐらかしているな)
黎深は仮面の奥を見透かすかのようにじっと見る
(耳が・・・あかい・・・)
クククッと笑う黎深に青筋を立てた鳳珠の視線が突き刺さった。
心なしか楽しそうに見えるのは気のせいか。
服装は支給品だろう、外朝を出入りするのにふさわしく、生成りで進士服のような機能的な装いだが、後宮次席女官なだけあり、身のこなしや所作は美しい。
こちらが仕事をしていると思い、無駄に話しかけてこないところも弁えている。
つい観察するように桃華を見つめていた自分に気が付いた鳳珠は
慌てて書簡の処理をする。
(この私があのように女性を見つめてしまうとは)
少し恥ずかしくなり、下を向いて依頼に集中する形をとるが、つい目の端で桃華を追ってしまう。
(これは、いかんな・・・)
とはいえ、少し迷いが生じたが、昨日の話の続きを聞いてみたくなり、決心をした。
「どうぞ、黄尚書。お口にあうとよろしいのですけれど」
と[#da=2#]がお茶を差し出す。
「こちらは、紅州みかんを使った新作のお菓子だそうですわ」
「ありがとう。あなたはそちらにかけてくれ」
と座るよう促す。
座ったことを確かめてから
「では、いただくとしようか」
と仮面に手をかけ外した。
一度、じっと[#da=2#]を見つめてみる。
同じぐらいの視線で見つめ返している彼女の瞳の中には
自分が映っているだろう。
ただそれだけのことが、鳳珠にとてつもない喜びを与えた。
「いただきます」
もう一度言ってから、お茶をいただく。
「さすがに美味しくお茶を淹れるのだな。とても美味しい」
素直に褒め言葉が出た。事実、ここまでうまく淹れられる人は少ないだろう。
「ありがとうございます」
少し目を伏せ、だが嬉しそうにしている姿を見て可愛いと思ってしまった。
(女性を可愛いなどと思ったのはいつぶりか・・・)
百合姫を忘れられない自分にはあの時以来の気持ちか、と少し愕然としながらまた鳳珠は気持ちを持て余し悩み始める。
「今日も仮面を取ってくださったのですね。でも・・・」
すぐに[#da=2#]の一言で引き戻された。
「あなたは私の顔を知っているからね。尚書室の扉も閉まっているし・・・あぁ、柚梨なら問題ない。昔からの付き合いなのでね」
「それなら心配しなくていい、ということですね」
やはり、私に気を遣ってくれていたらしい。そんな些細なことも嬉しく感じた。
「そういえば・・・」
鳳珠は仮面を外した目的を思い出して口にする
「あなたは昨日、顔だけではないと言っていたが・・・」
?[#da=2#]は小首をかしげた。昨日もそんなことをしていた。
考える時の彼女に癖らしい。
「紅尚書に黄尚書のお顔をどう思うか、と聞かれたことですわね?そのままの意味ですわ。その方がどういう方か、というのはお顔だけで決まるわけではないですもの。そうですね、例えば・・・怜悧冷徹冷酷非道、と言われる方も、大切な人に対しての愛情はほかの誰にも負けないぐらい全力でしょう?」
黎深の顔が浮かび思わず間に皺を寄せたのを見てクスクス笑いながら続ける。
「昨日も申し上げましたけれど・・・お気を悪くなさらないでくださいね。
黄尚書は本当にお美しくて、素敵ですわ。過去にお倒れになった官吏の方がいらっしゃるというのも気持ちがわかるくらい。どんな美しい芸術作品も霞んでしまいますわ。でも、黄尚書はそれ以外にもたくさん素敵なところがあるのにお顔の美しさに気を取られて、みなさんそのほかのところはお気づきにならないのではないかしらと思いましたの。だから、お顔だけではないと申し上げましたわ。」
鳳珠はじっと[#da=2#]を見つめている。
「あなたは本質を見て判断される、ということか。それは素晴らしいことだが、見られる側としてはなかなか厳しいな」
「申し訳ございません、そんな偉そうなことではなく・・・」
「いや、問題ない。私も事実そうだと思っているからな。
だから謝ってもらうことはないし、むしろあなたには礼を言いたいと思っていた。ありがとう」
思いより先に言葉が口から出た。
心の中に温かいものが広がる。
(そうか、私は嬉しかったのだ。[#da=2#]が自分に対してどう思っているかは別として)
もう傷つきたくないので、心に芽生えた思いにも予防線を張る鳳珠。
「そんな、お礼を言っていただくなんて・・・
私も同じように思っていただけて嬉しいですわ」
お茶のおかわりを入れながら桃華が柔らかく微笑んだ。
([#da=2#]から私はどう見えていたのか、知りたい。だが早急か・・・)
少し楽しそうにしてくれている[#da=2#]だが、黎深に言われてお遣いとしてきているだけだろう、淡い期待はしてはいけない。
でも一方で、知りたいとも思う・・・
昨日からちょうど丸一日ぐらい経っただろう
最近になく気持ちの変化が激しくて落ち着かない。
もう少し、[#da=2#]のことも知りたい・・・
「[#da=2#]殿はどのようなお菓子が好きかな?
もしよければ、今度戸部に用がある時は、私がお菓子を用意しておくので、またお茶をいれてもらえないか?話がしたい。」
「わたくしでよろしければ、喜んで」
その後、果物や木の実の入ったものが好きだと聞き出し、
頭の片隅で手配を考えながら依頼の書類仕事を終え、手渡した。
「この後、吏部に届け物をするから私も出るので送っていこう。遅くまで引き止めてしまって悪かった。この後は後宮に戻るのか?」
「はい」
「では、そこまで送ろう。仮面との二人歩きは嫌かな?」
「滅相もございませんわ。きっと、箔が着きますわ、わたくし」
笑いながら快諾してくれた。
仮面をつけ、[#da=2#]と戸部を出る。
遅い時間で人も少なく、見咎められることはなかったが、連れ立っているところを見られたらどんな噂になったか、というところまで意識は回らなかった。
[#da=2#]を送り、吏部へ足を運ぶ。
もういないだろうと思っていた黎深は
「遅い」と不機嫌さを全面に出して迎えた。
「私の贈り物は受け取ってくれたようだな」
「贈り物?仕事の間違いだろうが。依頼のものはこれだ、渡しておく。
後は処理をしておいてくれ」
一応機密書類のため、直接手渡す。
「これではない、贈り物だ」
「みかんの菓子か?今度のはまぁうまかった」
(こいつ、わざとはぐらかしているな)
黎深は仮面の奥を見透かすかのようにじっと見る
(耳が・・・あかい・・・)
クククッと笑う黎深に青筋を立てた鳳珠の視線が突き刺さった。