序章〜2
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この頃、月華は夜になると庭院の四阿で過ごしたいということが多くなった。
そんな日は決まって歌を歌っている。
子供にしては少し大人びた外見と同様の、少し大人びた綺麗な声だ。
そして、それは必ず邸の主人がいない日と決まっていた。
「どうして月華お嬢様はご主人様のいない日に歌われるのですか?」
綺麗な歌声だから聞かせてあげればいいのに、と侍女の千景が言う。
邸の主人の見た目と性格のせいか、主人がいると月華は子供らしいところを見せない、というのが家人たちの評価であり、同時にそれを気にしている。
普通の5歳ぐらいの子供なら、もっと無邪気にきゃっきゃと過ごしていてもおかしくはない。
「だって、皇毅様がお疲れで帰ってきた時に歌ってたらうるさいでしょう?」
歌っている本当の理由は言えないので、それとなく誤魔化しておく。
(縹家の兇手避けの歌だなんて…)
一度だけ、宮城の近くで見かけてしまったのだ。
自分を狙った者ではないだろうが、確証はないので用心のために歌で結界を張っている。
この能力を持っているのは、大巫女の瑠花と仙洞省にいる羽羽。
おそらくほかにはいないだろう。
瑠花にはなぜかただの暗殺傀儡として育てられたわけではなく、他の者より明らかに異なる知恵と武力、そして兇手避けの歌を教えられた。
(本来的には巫女になるように育てられるか時の牢に入れられると思っていたけれど、まだ時期尚早なのか、もしかしたら、コチラに来ることになるのを見越して、”能力がない”ということにしていたのかしら?)
月華は時折ふとそんなことを考えるが、どこにも正解はないので思考はそこで止まってしまう。
なんとなく自分の思考に入っていったのを察したのか、
「最近は熱心に書き物をされていますね。料紙が減ってきたようなのでとって参りますわ」
そう言い置いて千景が室を出ていった。
紙を広げて、ここ数日で歩き回って集めた情報を整理しながら書いていく。
公子たちと貴族たちの勢力関係図だ。
少し力も使って、いつどこの勢力が脱落していくかを書き出していく。
一番初めは時期国王候補として最右翼の第二公子。
(味方が、いない…第六公子といた時と普段の彼の違いはなんなのかしら)
そのことがきっかけで第一公子が狂っていることが表沙汰になる。
その下の三人は芋蔓式に脱落して、最後に残るのは第六公子だろう。
肌寒さを感じて立ち上がり、薄い蒼色の衣を一枚羽織る。
(この色の血筋…”お義父様”が狙っていてもおかしくはない。おそらく、”旺季の駒”はそのための駒なのでしょう)
「その時、”お義父様”はどう動くかしら…?」
「”その時”とはなんだ?」
小さな独り言だったが、帰邸した皇毅がそれを拾ったらしく、官服のまま扉を開けて入ってきた。
「おかえりなさいませ」
「何を書いていた?」
「・・・少しお話が長くなる可能性がありますが?」
では一度着替えてこよう、と皇毅は退室した。
その間に千景に頼んでお茶を用意してもらう。
程なく戻った皇毅に月華は茶を差し出した。
それから、先ほど書きつけた紙を黙って渡す。
「・・・」
皇毅はいつものように表情を動かさず、じっとそれを見つめた。
「まず初めに、わたくしに”異能がない”というのは嘘です。それは今後を見据えての周りへの言葉で、大巫女も当主も、異能を持っていることは知っていますが、彼らが知っている以上の能力を持っています。使ってみせる場面がなかっただけ…と思っていますが、もしかしたら異能があるのを知っていて他の子供とは違う教育を与えたのかもしれません。」
「…そうか」
「それを前提にお話を聞いてください。まだ王が元気なので想像がつかないかもしれませんが、おそらく来年か再来年、倒れます。原因は、本来は別の者が受ける予定だった縹家の呪詛です…結果的には縹家の呪詛ですが、王を滅ぼすために縹家が仕掛けたわけではなく、今話した通り、他の人が受ける予定だったのが王に向かっただけなので、すぐに死ぬわけではありません」
「それで、王位争いが起きる、と」
「はい…ただ…」
「なんだ?」
「王位争いもなのですが、この年は飢饉に見舞われます。貴陽では多くの死者が出るでしょう」
「そうか。今から備えておく必要があるな」
「えぇ」
皇毅はもう一度、月華が書いた紙に目を落とした。
それから徐に畳んで、蝋燭の火をつけて燃やした。
「旺季様には明日、一緒に伝えに行こう。こんな物騒なものがどこからか漏れてみろ、お前の命が危ない」
「そうですね…ありがとうございます。あ、あとそれからもう一つ」
なんだ?と皇毅は目で促した。
「没落する貴族の家からお一人、皇毅様の右腕になる少年が出てきますわ」
「そうか…わかった」
そこにはさして興味がなかったようで、「早く休め」と言い残して室をでていった。