わからないこと
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
音のした方を見ると、尚書令室の入り口に、紅色の衣を翻した春麗が固まって立っていた。
「春麗!」
黎深が抱きしめようとしたのを春麗はかわして、思わず取り落とした書簡を拾った。
「黎深、いい加減にしなさい。私があの時、黎深に言ったのと同じように鳳珠に言わなかったのには、理由があるんですよ」
聞いていたかいなかったかわからないが、表情の変わらない春麗を見て少し慌てた悠舜は急いで口を開いた。
黙って書簡を拾ってから、春麗は尚書令の机の上に置いた。
「黎深叔父様、悠舜様を困らせないでください。それに、鳳珠様と決闘だなんて、必要ないですし、そもそも似合いませんわよ?」
どこから聞いていたのか知らないが、変な方向に行かねばいいが…と悠舜は一瞬不安になったが、まずは黎深の勘違いを止めるところからだと我にかえって口を開こうとしたが、その前に春麗が続けた。
「全く、どうしてそうなるんでしょうね、叔父様は。鳳珠様が私を、と言ってくださったときの経緯は、叔父様もご存じでしょう?それに鳳珠様はその時も今も変わらず、わたくしのことをとても大切にしてくださいますし、叔父様が心配なさらなくても大丈夫ですわ」
「だが…」
春麗に弱い黎深は、少し言い淀んだ。
(これはもしかしたら春麗姫に任せてもいいかもしれない)
悠舜は少し様子を見守ることにする。が…
「さて、悠舜様?先ほど、”鳳珠に言わなかったのには、理由があるんですよ”と仰ってましたね?理由を聞かせていただけますか?」
(春麗姫の様子を見守ろうとしたら、こちらに弾が飛んできたわけか)
表情には出さずに、悠舜は羽扇を手にとりふわりと仰いでから言った。
「それは春麗姫がわかってるのではないですか?」
「えぇ。でも叔父様はわかっていないみたいですから、悠舜様から教えてあげてください。この分じゃ、わたくしがいくら言っても伝わりませんわ」
悠舜は少し黙ってから、立ち上がってゆっくりと黎深の横に立ち、肩に手を置いた。
「黎深、鳳珠はね、ちゃんと春麗姫に愛の言葉を囁いていますよ。それもきっと、毎日毎日飽きもせず、朝に晩にね。だから、敢えて言う必要がなかったんです」
悠舜がチラリと流し目で春麗を見ると、真っ赤になって袂で顔を覆っていた。
してやったり、と口の端を上げると、それを認めた春麗が「悠舜様の意地悪…」と小さく呟いたのが聞こえた。
悠舜の言葉と、春麗の様子を見た黎深は、「そうか」と呟いてから「一度、紅州に帰らないといけないな」と呟いた。
「百合叔母様のためにも、そうしてあげてくださいな。そろそろつわりが始まったみたいですから」
「…えっ?百合姫、ご懐妊?」
悠舜が驚いて声を上げる。
「えぇ、叔父様が、三ヶ月前に、多分そうだろうっておっしゃってたみたいですけど、ちょうど今、三ヶ月ですわ」
悠舜はばさっと羽扇を落とした。
「黎深…わかっていたんですね、というか、負けた…」
茫然自失になった悠舜を見て、少し嬉しそうにニヤリと笑った。
「早く帰って差し上げないと、誰かさんみたいに頭の形が変わってしまいますわよ?」
春麗は仕返し、とばかりにニコニコしながら追い討ちをかけたのは言うまでもない。
<おしまい>
わからないことがあったのは悠舜のようで。