花は紫宮に咲く−3
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「ごめんなさい、遅くなったわ」
帰宅した時には既に食事が始まっていて、茶州の話題で持ちきりだった。
「燕青から茶州の話を聞いていたのよ」
「春麗姫さん、これ預かってるぜ、渡すの忘れていた、すまん」
燕青が文を渡す。
(悠舜様…)
昼間の任命式でみたことを思い出す。
ぱらりとあけると、近況がかいてあった。最後はいつもの「黎深と鳳珠をよろしく」で締め括られている。
丁寧に畳んで、懐にしまって食事に手をつけた。
「返事はどうする?」
「後で書くから、お願いしてもよろしいかしら?」
「あぁ、もちろん。アイツ、春麗姫さんからの文、すごく喜んでたぜ」
燕青はその時の様子を思い出して、クスリと笑った。
普段は澄ました表情が多いが、あの時は明らかに明るい表情に変わったのだ。
「春麗、その茶州にいらっしゃる、時々お文をくださる方ってどんな方なの?」
秀麗が興味深げに聞いてくる。
「さぁ?わたくしもあまり詳しくは…前回、燕青殿が来られてからやりとりを始めたけれど、いつもとても丁寧な御文をくださるわね。お顔とかは…ずいぶんお会いしてないし。きっと、行けばわかるわよ」
あまり先入観は与えたくなかったのと、事実、人となりは最近の手紙のやりとりしか知らなかったのでそのまま答える。
「ま、そーだな、会ったほうが早いな!」
「たのしみですねー」
それから、明日の壮行会の段取りや集まる人を決めたりして、和気藹々と食事は進んだ。
食事が終わった後、邵可が
「春麗、秀麗、渡すものがある」
というので、食器を下げて卓を拭いてから2人で座る。
「これを。ある方…秀麗の後見人の方なんだけどね、任官のお祝いに二人にくださって、必ず毎日つけるように、との伝言だ」
何となく中身の想像がついて秀麗の様子を見る。
秀麗が箱を開け、「こんな立派なもの!」と呟いていた。
自分の箱を開けると全く同じ…紅玉の耳飾が入っていた。
黎深と絳攸が付けているものと多分、同じ物。
「わかりましたわ、父様。私にもお心遣いいただき、ありがとうございますとお伝えください。」
すぐに付けてみて、秀麗に見せ
「似合うかしら?あなたもつけてみなさいよ」と促す。
たぶん、こうでもしないと秀麗は普段はしまっておいて使わないだろう。
秀麗もつけてみる。
「二人とも、似合っているよ。君たちのこれからのお守りになる。言っていただいた通り、普段からつけているといい」
と邵可が言った。
「ねぇ父様、私の後見人の方、お名前も教えてくださらなくてこんなにしていただいて…絳攸様に聞いたら、”謎な男でいたい”って言われたらしいんだけど、どんな方なのかしら」
「あ、ああ…奥ゆかしい、かた、だから、ね…」
急にギクシャクとした言葉で邵可が答える。
(謎な男で奥ゆかしい???)黎深を思い浮かべて、春麗は吹き出した。
片付けが終わってから、お茶を用意して、春麗は邵可の室に向かう。
別にお茶はなくても良かったが、気まずくなった時の道具として用意した。
「父様、春麗です。少しお話ししても…?」
邵可はすぐに出てきた。
「どうしたんだい?君が私のところに来るなんて…初めてじゃないか。入りなさい」
と促される。
邵可の机にお茶を置き、自分は手に持って空いている椅子に座る。
「・・・で、どうしたんだい?」
お茶を出しただけで、なかなか言い出さない春麗に、邵可は促す。
もうなんの話で来たかはわかっていた。
春麗は茶杯をじっと見つめていたが、言いにくそうにおずおずと口を開いた。
「父様、あの…わたくし、家を出ようと思います…黄尚書から、配属先が4部門になって、かなり忙しくなることが想定される中で、秀麗と静蘭もいなくなると家事も大変だろうから、お邸に住まないか、とお声をかけていただいたんです。お邸だと、お世話してくださる方もたくさんいらっしゃるようで…」
「…」
「父様が一人で生活することになるので、不安はあるんですけれど…戸部のあの仕事量で帰宅が深夜になることを考えると、健康管理と安全面もふくめ、ご厄介になった方がいいと思って、お受けしました。お許し…いただけますか?」
(ダメ、かしら…?)
邵可が何も反応しない様子に、不安になる。
「春麗」
「はい」
「正直、心配ではあるよ。だけど黄尚書は信頼できる方だ。それに、君が決めたことだろう?私は反対はしないよ。秀麗と静蘭がいなくなり、君もいなくなるということに淋しさはあるけれど、君とは朝廷でも会える。それに、たまには帰ってくるだろう?」
「はい」
「じゃあ、行っておいで。家でも、府庫でもいいから、マメに顔は見せて欲しい」
「わかりました。ありがとう、父様」
ホッとしてお茶を飲む。
「父様、邸の片付けは期待しないけれど、食堂だけは綺麗に保っておいてくださいね」
「それは、どうして?」
「お客様が来られたときに困るでしょう?連絡いただければ片付けにきますけど、急な時は難しいと思うので、そこだけは触らないでください」
邵可は言い残すことはそれか、と思ったが苦笑しながら
「わかったよ」
と伝えた。
「いつから行くんだい?」
「明日まではいます。秀麗たちが出発する明後日、出仕した後、そのまま帰りにご厄介になるつもりです。荷物はそんなにないですし、少しずつ取りに来ますわ」
「わかった…秀麗たちには言うのかい?」
正直、そこは迷っていたが、ふとこれから新しい土地に旅立つ前に、心残りになりかねなことを言うべきではないのでは、と思った。
「言わないでおくわ。今は、まだ」
邵可は言わないという答えに、小さくため息をついた。