花は紫宮に咲く−2
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蔡尚書は追い込まれながらも、未だ窮地を脱そうと必死に足掻いた。
「しゅ…主上、わたくしは本当に何も…大体、どんな理由があれ、王都の半分を機能を著しく低下させた紅尚書の罪を問うのが先ではございませんか!」
「此度のことは紅黎深が命を下したわけではない。第一、仮にも尚書の地位にある者を不当に拘束しておいて”どんな理由があれ”の一言で片付けていいとでも?」
「それは」
「では別の話に移ろうー黄尚書」
黄尚書と景侍郎が頷き、数歩進み出た。
書写した書類を最高官たちに回していく。
「さて、ご覧ください。何かお気づきのことは?」
目を通す官吏たちがざわざわし始める。
「これは、国家公費の収支に関する報告書…ですかな?」
霄太師がニヤニヤ笑った。
「…ずいぶん、礼部からの無駄な出費が多いのう」
「その通り」
黄尚書は頷く
「数年前より礼部から予算の増額を求められていました。ですが礼部にそれほどの出費がかかるとは思えません。そこで新王陛下ご即位に伴い、公費の全面見直しをはかった結果、出てきたのがこれです。礼部において首を傾げる項目の出費が非常に多い」
蔡尚書の顔は紙のように白くなる
「また毎年礼部は国試及第者のために郷里報告の早馬を飛ばしております。今年も状元の杜影月が俸禄の銀八十両を丸ごと送ったそうですが、彼の郷里には一両も届いていなかったとか。それはどういうことなのでしょうね、蔡尚書」
「…早馬の使者が途中で落としたか盗んだのであろう」
「ほぅ、興味深いご意見です」
目配せする間も無く、さっと景侍郎が木箱を取り出した。そこに入っていたのは一山の銀子だった
「さてここに。問題の杜影月が送った銀八十両があります。例年の如く状元及第者のために送られる、験担ぎと祝福も兼ねた今年最初の一号から八十号鋳造新銀貨です。今年は状元が二人いましたから、もちろん、どちらに一号から八十号を渡したかきちんと記録も取ってあります。また、戸部にはここ数年、進士たちからの同様の問い合わせが来ておりました。そして被害に遭っているのは決まって礼部の早馬に託したものばかり…」
「・・・」
「ちょうど、あなたが礼部尚書になったあたりからなのです。それで、今年は藍将軍の手をお借りして、早馬を出した礼部官の後を追うことにしました。…さて、彼らは懐に金子を持ったまま、誰の邸の門を潜ったか…」
「濡れ衣だ!!!」
「私はまだ誰とも申していませんが?」
黄尚書の仮面の下の表情は見えない。
そのことに恐怖を感じ、蔡尚書は口角泡を飛ばして喰ってかかった。
「ならば私も言わしてもらおう、そもそも、初めから隅とはいえ朝議の場に関係のない女進士がいるのはなんなのだ!」
周囲の視線が春麗に向かう。
ゆっくりと春麗を見た黄尚書が一つ頷いてから、口を開いた。
「お手元の資料の最後を見ていただいた方はお分かりかと思いますが…新進士の朝廷預かりの期間中、一部の新進士たちにかなりの嫌がらせや、仕事の押し付けがされてきました。こちらに纏められたものは吏部、戸部、礼部の三部門のみですが、全体の人数が礼部だけ突出して多い。しかし、仕事の量はそんなに多くない。にもかかわらず、書類の山に埋もれている、ということは礼部官の仕事に対しての意識や能力の低下、並びに上官の指導不足が見られるということですね。こちらを作成したのが…」
黄尚書はもう一度春麗を見る。
春麗は何も言わずに懐から出した紅色の鉄扇をぱらりと開き、口元にあてて冷たく微笑んだ。
その姿は、いやが応にも氷の長官・紅黎深を思い出させた。
場が凍りつく。
黄尚書は仮面の下でニヤリと笑ってから言った。
「そこにいる、紅春麗進士です」
蔡尚書は絶句した。
さらに立場が悪くなりやけくそになり始めたのか
「それから、そなたのその仮面はなんだ。素顔も見せられないような男が、どうして最高官まで上り詰めた?」
と方向違いのことを言い出した。
(えぇ、今更そこ?)
と思う春麗をよそに、おそらく素顔を知っている高齢の高官たちがギョッとし始め、別の雰囲気でざわつきだした。
蔡尚書は誰かと入れ替わっているのではないか、と捲し立てている。
「やましいことがないなら、今すぐ仮面を取って素顔を見せるがいい!!」
再度、空気が凍った。
黄尚書の人品や仮面の下を知る人は、誰もが彼が礼部尚書の地位にいることが相応しくなかったと理解した。
だが仮面の下を知らぬ者の中には、少なからず顔を見合わせ囁き合う者たちもいた。
彼らにとっては確かに不確かな仮面でしかない。
(そうね、確かに知らない人は知らない、か…)
春麗は扇を閉じて、ため息をついた。