花は紫宮に咲く−1
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仮面の戸部尚書は手を止め、決済済みの書簡から十数枚を引き抜いた。
その時、景侍郎がため息をつきつき室に入ってきた。
「はぁ。秀くんたちもかわいそうに…」
「また言っているのか」
「当たり前でしょう。秀くんに与えられた仕事、各部署の厠掃除ですよ?天寿くんは皿洗い、杜進士は沓磨き!他の進士たちは各省でそれぞれ普通の仕事をしているというのに…よりにもよって国の宝たるべき上位三人が厠掃除と皿洗いと沓磨きなんて信じられますか!?」
「魯官吏だから仕方あるまい」
「…そういえば、確かあなたの年もあのかたの特別指導を受けたんですよね」
「あぁ、私は庖厨所で毎日皿洗いしていたな。黎深のやつは厩番の手伝い。這い上がってくる者は這い上がる。放っておけ」
「でもですね」
「それより柚梨、これを紅秀麗と杜進士の仕事に付け加えておけ。午すぎからは書簡の整理などで府庫にいるのだろう。二人が府庫に来る前に適当に紛れ込ませておけ」
ペラりと渡された料紙を条件反射で受け取ってしまった景侍郎だったが、流石にこのやりようには反論した。
「あなたという人は!見損ないましたよ。今だって嫌がらせで彼らが与えられた仕事以上のものを押し付けられているのを知らないわけじゃないでしょう!?」
景侍郎の怒りが爆発した。
「だからなんだ、干されるよりよっぽどマシだ。いいから言う通りにしろ」
「鳳珠!」
「ーいけ、お前は私の配下だろう。文句は道々その書簡を眺めながら考えていろ」
カンカンに怒りながら渋々書簡に目をやり、見る間に表情を変えた。
「鳳珠、あなたは…」
「いけ、もう文句は聞かぬ」
退出した姿を後ろ姿を見送って、鳳珠は再び筆をとった。
どんなに嫌味を言われても、午を過ぎてからが秀麗と影月にとっての本当の勝負どころだった。
「お、終わらない…」
すでに十日連続で府庫に泊まり込み。
同じように春麗も毎日手伝いにきており泊まり込みが続いている。
心配して、府庫の主である邵可も泊まり込みを続けている。
明け方になり、書簡を配るために扉を開けると、脇に茶器と三人分の握り飯の盆が置かれている。
初日から毎日欠かさず置かれているそれは、劉輝から「ありがたく食べておけばいい」と言われたのでいただいている。
秀麗が出て行った時点で、春麗が「やるわよ」と言って、影月と二人、液体を振りかけた手巾で書翰を拭ったり燃やしてした。
室の扉から邵可が気配を消して見ていたが、影月は気づかなかった。
その日の朝、秀麗に泥団子が投げられる事件が起こった。
なんとか朝礼の卯の刻に間に合うが、ふらりと崩れかけた秀麗と影月の腕を掴むものがいた。
「魯官吏、この二人は連日の徹夜で疲労が極限まで達しています。数刻、別室で仮眠をとらせるべきだと思います」
凛とした声は、及第第四位の碧珀明だった。
珀明もさんざん嫌味を言われた上に、二人の仕事を代わることで、仮眠を取らせる。
春麗は…皿洗いをしながら、本気で怒っていた。
いつもは軽口を叩いてくるおばさんが、今日はそっとしておこう、というぐらい。
(礼部…絶対に叩き潰してやる)
…はっきり言って戸部の方が仕事量も多いけれど人数は半分以下、尚書の徹底した実力主義と合理主義であの人数でなんとか回せているが、それより人数の多い吏部でも礼部よりは圧倒的に少ない。
戸部、吏部は彩七家の人が尚書だが、礼部は七家出身者が上にはおらず、全体的にかなり人数が少ない。
魯官吏の仕事については、やりようはいただけないが、今後のことを考えて鍛えられている、という見方もできる。
上位及第者にそれが集中しているということは、官吏になって擦り寄ってくる者などを見分けられる目を養うための目的もあるのだろう、と春麗は考えている。
だがしかし、礼部官は別だ。
嫌味や悪口ならまだしも、あれだけ仕事を山積みにしたり、泥団子を投げつけるなどもってのほかだ。
(六部は国試派が多いと聞く。貴族派の牙城、というわけでもなさそうだけれど、一人もいないのもおかしいわね、そのあたりから探ってみるかしら)
幸い、礼部の書簡配りがあったので、頻繁に出入りしていた。
秀麗ほどあからさまではないが、当然女人官吏ではあるので、嫌味や悪口雑言についてはたいして変わらない。
誰が、何を言ったか、何をしているか、克明に覚えて、記録していく。
そして珀明は、その日の夜から府庫の手伝いに来るようになった。