花は紫宮に咲く−1
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大方、周囲の想定通り、初日から波乱の連続だった。
影月・春麗・秀麗に知らされた集合時間と場所が異なったこと
突如、劉輝が”お付きの武官”として護衛に入ったこと
ごろつき風情の男たちに襲われたこと
そして珀明以外の同期にあたる進士たちからの悪口…
極め付けは、新人教育の魯官吏が指定した、春麗が庖厨所の皿洗い、影月が沓磨き、秀麗が厠掃除、という午前中の仕事だった。
(皿洗いなのね…紅家の姫はそんなことしたことないと思われたのかしら?)
彩七家の筆頭であるはずだが貧乏紅家、邸のみならず賃仕事もこなす二人には、体力的にはともかくどうということのない仕事だった。
指定された庖厨所に行き、挨拶をする。
「聞いてるよ〜早速頼むね!国試を受けるようなお嬢さんに皿洗いさせちゃってかわいそうにねぇ」
お世話がかりのおばさんが気楽に話しかけてくる。
指定された通り早速洗い始める。
「あれ、早いねぇ。やったことあるのかい?」
「えぇ、普段から。こんなにたくさんはあまりないですけれど」
「へーそうなのかい。15年ぶりくらいかねぇ?進士サンがここにくるの。今回も美人でいいね!」
おばさんは軽口だが、愛想はよく嫌な感じはしない。
「お褒めいただきありがとうございます。今回も、とは?」
「前に来た人もすごい美人だったんだよ。もちろん男なんだけどね。今となっては仮面被っちゃったから素顔は内緒なんだけど、今の黄戸部尚書さ。皿洗いなんかやったことないみたいで苦労していたけれど、最後は上手くなったよ。きっとあんたも出世するね!」
同情したのか励ましてくれた。
(色々ありそうだけれど、鳳珠様と同じお仕事なら頑張れる気がする…それにしても、魯官吏の仕事の割り振りを見ても、明らかに秀麗への風当たりが強い。同じ女人官吏ということで抵抗がありそうなら、状元のわたくしにも同等かそれ以上の当たりがあってもおかしくないのに)
とりあえずは黙々と皿洗いを行なっていたが、どこか引っ掛かるところがある春麗だった。
午後は秀麗と影月は府庫で書翰整理、春麗は吏部、戸部、礼部の書翰運びと整理だった。
府庫に積み上げられた量もたいがいだったが、春麗の運ばされる量も、周りの進士とはかけ離れて多かった。
(これぐらいなら、まだ大丈夫。戸部での侍童経験が生きるわね)
よもや、初の女人官吏になる春麗が、戸部で鍛え上げられた侍童あがりとは誰も思わない。
明らかに周囲が引いている内容を、涼しい顔をして対応していく。
宮城内の位置関係も既にバッチリ把握済み、最短距離を早足で移動する。
「失礼いたします、吏部、礼部よりの書簡をお持ちしました」
「天寿くん!!」
戸部に行ったら景侍郎がすっ飛んできた。
小声で話しかけられる。
「天寿くん、大丈夫ですか?魯官吏はじめ、礼部で随分いじめられているとか?」
「あぁ、今のところは…まだまだこれからでしょうね。女人官吏も初めてのことですし、状元の杜進士はまだ少年、前例がないので仕方ないと思っています。ところで景侍郎、礼部からのこちらの書簡お願いします。吏部、礼部へ持っていくものがあればお申し付けください」
「あ、ではこれを…」
「はい。承りました。他に何かございますか?」
「私はありま…」
「待て」
黄尚書から声がかかり、礼をとる。
「ついでだ、鴻臚寺に行ってこれをつき返してこい。その後、府庫にこれを返してきて、続きを3冊持ってこい。その間に吏部と礼部の書簡を処理しておいてやるから戻ったら受け取れ」
「かしこまりました。では、行って参ります」
ぱっと挨拶をして出ていくのを、戸部官と景侍郎が気の毒そうに視線で追った。
鴻臚寺から府庫に回る。秀麗たちは戸部並に積み上がった書簡を処理していた。
「あ、春麗さんー」
影月が気がついて声を掛ける
「影月さん、秀麗、これまたすごいわね。わたくしの方が終わったら後で手伝いにきますわ」
「わぁ、ありがとうございますーところで、その本は?」
「戸部によったら黄尚書からついでだ、って頼まれちゃって」
「あー」
秀麗は懐かしそうに遠くを見つめる
「でも、ここに寄る理由をくださったのかもしれないわ。この続きって場所わからないから父様に聞いてくるわ。じゃあまた後で」
ひらひらと手を振って邵可のところへいく。
「春麗さん、涼しい顔してやってますねー僕たちも頑張りましょう!」
「本当、そうね!」
二人はまた作業に没頭した。
定刻を過ぎ、府庫に向かう。
「あらやだ、さっきより増えているじゃない!」
「さっき和官吏が来てどさっと置いていったのよ!ったくあのマロ〜〜〜仕分けた山を崩しやがって!」
秀麗はおかんむりである。
「それでも、影月くんが計算が早いのよ、びっくりしちゃった」
「そう、さすがね。じゃあ、わたくしはこの山から片付けるわね」
しばらく、黙々と作業をする。
「終わったけど?」
まだ影月と秀麗が半分近く残っている頃に、春麗が告げた。
「う…そ?もう??」
「春麗さん、早いですー」
「割と、数字得意なのよ。残りも手伝うわ」
影月と秀麗の山から半分取る。
「え、だめですよ!終わったなら休んでください!」
「いいわよ、早く終わったほうがみんなで休めるでしょ?さっさとやっちゃいましょう」
涼しい顔で処理をしていく春麗を見て、慌てて二人も手を動かした。