黄金の約束−3
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長椅子にストンと春麗を下ろす。
濡れた手巾を用意して
「明日、腫れてしまうからあてておけ」
と言い渡す。
おとなしく瞼に手巾を当てたのを見て、その間に茶を淹れる。
(私としたことが、ずいぶん至れり尽くせりだな。だが悪くない)
と自嘲した。
茶と用意してあった菓子を机の上に置き、隣に座る。
コトン、という音に気がついてハッと手巾をとって目を開けた春麗が
「すみません!わたくしがしなければいけないのに…」と謝ってきた。
「構わん。そうだな…礼に、というわけでもないが、庭で舞っていたわけでも聞こうか?」
春麗はきょとん、としてから少し考えて
「剣術の鍛錬の時もそうなんですけれど…」
と話し始める。
「戦った後は、なかなか落ち着かなくて。あの…後宮の府庫に近い庭院で鳳珠様とお会いした夜もそうだったんですけれど、落ち着かせるために楽か舞をしたくなるんです。でも今日は何も持っていなくて、庭院をお散歩させていただこうと思って出ました」
懐から、黎深から渡された扇子を出す。
「あれは舞っていたわけではなくて、これをいただいたから手に馴染ませようと…舞の時に使う扇のやり方で、手慰みに色々やっていたんです」
春麗はお茶を一口いただいて、「美味しいです」とゆるく微笑む。
「そうか。では、そのあと泣いていたわけは?」
「・・・」
(やはり答えてくれないか)
春に黎深から聞いた”春麗は子供の時から、手を差し伸べても、素直に取らない。自分の気持ちに蓋をして、自分を犠牲にして、困難な方へ足をむけ、最後は殻に閉じこもってしまうんだ…だからせめて、自分の殻から出してあげることをしてやりたい”という言葉を思い出す。
少し早急に距離を詰めすぎたかもしれない、と思い
「無理に聞くつもりはない」
と言って少し視線を外した。
「あの…よく、わからないんです、自分でも」
ぽつり、と小さな声で呟く。
うまくいえないんですけれど、ともう一度口を開き、続ける。
「秀麗を守るために剣術を身につけたつもりだったんですが…その…実戦でやってみたら、あまり好きではない、と思って…でも、それだと秀麗を守れない。生まれた時からずっと、家の中では秀麗を中心に世界が回ってました。だから、今までも、この先も秀麗を守っていくのがわたくしの役割なんです。なのに…」
徐々に下を向いて、最後は黙っていまった。
ギュッと小さな手を、色が白くなるぐらい握っている。
鳳珠は腕を伸ばしてそっと手を掴む。
「やめなさい、怪我をしてしまう」
と言って力を抜かせて、その手に菓子を載せる。
「秀麗を守るのがお前の役割、なのか?お前はお前の人生を歩まなくていいのか?」
春麗は驚いた表情で顔を上げる。
パチパチ、と瞬きをして、少し上を見て、考える。
”春麗は、春麗の人生を歩むのじゃ”
母様が亡くなるときに言った言葉を思い出す。
「それをおっしゃったのは、なくなる直前に母様にたった一度だけ言われたのと、あとは今言ってくださった鳳珠様だけです…私の人生は秀麗を守ることだとずっと思っていました…」
鳳珠は眉間に皺寄せる。
春麗の闇がこんなに根深くて苦しいものとは…
「私は、誰しも、人の人生はその人だけのものだと思う。だから、お前にもお前の人生を歩んでほしい。それ以外に、そうだな…お前自身が、自分のためにしてみたいことはないのか?」
「わたくし自身が?…やりたいこと…?なんて、考えたこともありませんでした」
戸惑った表情でかるく眉間に皺を寄せる春麗の様子に、鳳珠は内心、ため息をつく。
なぜあの黎深を包み込める邵可ほどの人が、春麗がそう思ってしまうぐらい、秀麗にしか向き合ってこなかったのか理解できなかった。
難しい顔をしたまま下を向いてしまった春麗の気分を少しでもあげてやろうと、鳳珠は少しだけ話題を変えた。
「お前は覚えていないかもしれないが…一番はじめに出会った時、まだ私が進士のころだ。お前はまだこんなに小さくて」
とその頃の背丈ぐらいの高さに手の高さを合わせる。
クスッと春麗が笑う
「そんな昔の話、やめてください。恥ずかしい」
「とってもしっかりしていたんだ。きちんと挨拶もできて。まだ秀麗は子供子供していたな。だがその時に、お前が大泣きして、私にしがみついてきたんだ」
「そう、でしたね…」
春麗の表情に違う暗い影が宿る。
「覚えているのか?」
「えぇ。でもあれは、鳳珠様を見て泣いたわけではありません」
春麗ははっきり覚えている。”悠舜の先”があまりに早く見えてしまって、泣いたことを。
「そう、だったようだな。その後も子供の時に何回か会ったが、なぜかいつも私のところに来て泣いていた。あの頃から、お前の泣き場所は私のところだ。大きくなった今でも、後宮女官姿でも、外朝侍童姿でも。だが、私は笑っている春麗の方が好きだから、できれば笑う時も喜んでいる時も、私のそばにいて欲しい。そして…」
一息入れて告げる。
「春麗が秀麗を守る、と言うのなら、私が春麗を守ろう」
鳳珠に告げられた言葉は、春麗の思いも寄らないものだった