紫闇の玉座−5
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表情の読めないリオウの黒曜石の瞳が、もう一度、わずかに揺れた。
「そう、かもしれない…」
「仙洞令君としてではなく、公子として見られているからな…しかも、旺季の後継として。実際に血筋ではあっても、きっとお前はそれを望んでいない」
「オレは…母親を知らない…誰だったのか、どんな人だったのかも…旺季殿の娘というが、知らない」
リオウは自分で落ち着かせるようにお茶に口をつけながら、ゆっくりと話す。
うまく言葉にできなさそうにしているのをみて、春麗が助け舟を出した。
「世界が…急に変わってしまったように見えているのでしょうね。かつて、劉輝様もそんな感じだった、と父が話していましたわ」
「そう、なのか?」
「えぇ。リオウ殿が府庫に来られるようになって、昔の劉輝様のように、ひっそりと本に埋もれている方がいらした、っていつだったか話してました。劉輝様にとっても同じような時期は…その頃かその後か、くわしく聞いていないんですけど、公子争いでご兄弟が次々なくなって、劉輝様が急に次の王、となって立場が大きく変わったと…」
リオウは表情を少しやわらげてから、思い出したように柚梨を見た。
「いつかの朝議で…近衛羽林軍を碧州に向かわせるときに、あいつを守る者がいなくなるからと反対意見を述べたのは景侍郎だったな」
「えぇ。あれは”どちらにつく”ということではなくて、あの時申し上げた通り、主上をお守りする方が離れるのがおかしい、と思ったまでですよ」
「いや、最もだ、と思ったまでだ…二人は…」
顔を鳳珠と春麗に向ける
「あいつが紅州に逃げる場に、一緒にいた、と孫陵王から聞いた」
「えぇ、行きがかり上、ね…あの場には、父がいましたから。でも一つだけ。わたくしは紅家の意向に必ずしも従うわけではありませんわ。当主から”一人を除いて”と言われた一人ですから」
「本当に袂をわかったのか?」
「さぁ…父は、劉輝様のために、早い判断をした。わたくしは、まだその判断ができていない、というのが答えですわね。本来であれば紅家に従うのが筋。でも、そこを父が敢えて外したのがなぜなのか、実は直接、理由は聞けていないのですよ。最も、嫁いだ相手のこともあるからだとは思いますけれど…それでも普通は実家の意向に従うのかもしれませんけどね。父が本家の出で、当主になったからこそできたことで、叔父たちが当主だったらまた違ったでしょうね。今のうちはちょっと特殊なのかもしれません。」
春麗は隣に座る鳳珠の顔を見上げた。
鳳珠はチラリと目の端にその様子を入れてから、リオウの方を向いた。
「返事を受け取りに行く、ということは、決めなければいけない時が来ている、ということだな」
「そう、なるかと。」
「情けない話だが、このことに限らず大人の私たちであっても、本当の最終決定とする時に、迷いは生じるものだ。まだ…ましてや、渦中にいるお前が迷うことは、なんら不思議なことではない。自分の好き嫌いの気持ちと、国のため、民のためと考えた時に、そこに違いや矛盾が起こるのは仕方のないことだ」
リオウは目を見開いた。
どちらが好きか、と聞かれたら紫劉輝だ。
だが、王となったら…
というずっと抱えていた迷いを、なんでもないことのように言われたからだ。
「まぁ、ここだけの話、私たちも似たような思いを抱えている、ということだ。そうはいっても、方向性は決まっているし、春麗とも合っているけれどな。わずかかもしれないが…時間はまだある」
「そうですね…リオウ殿の納得いくまで考えたらいいですよ。自分で決められたことには、覚悟が伴うでしょうから、最後は自分で決めないといけません」
柚梨の柔らかいが力強い言葉に、リオウは少し救われた気がした。
「わかった、行ってくる」
戸部を出て、仙洞省に戻る。
羽羽の最期の直前に居合わせた二人。
なぜそこに話をしに行ったのか、よく分からずに足をむけていた行きがけとは異なり、ほんの少しだがすっきりした気持ちでリオウは夜の宮城を歩いた。