紫闇の玉座−3
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劉輝を背に庇うように。進み出る。劉輝は顔をくしゃくしゃにして、その背を見た。
朝廷三師の一人。かつて父の元で筆頭武官として数々の武功を立てた歴戦の将軍。
「宋、将軍…」
「行け、劉坊主」
「…で、も」
「いけ。わしには小難しいことはわからん。だが孫陵王のいうとおり玉座に残れば、お前の意志は抹殺される。何もかもこいつらの理屈でことが進む。今まで散々見てきた光景だ。いいか、何かを決めるなら、お前の意思で選べ。王であれ、誰であれ。誰かに決められそうになっているのなら、それは何かが間違っている。…お前の父親の言葉だ」
陵王は刀を抜く。
とろりとした闇色の刀身が現れる。
邵可はゾッとした。大勢の命を吸ってきた妖剣だけが放つ輝き。
宋太傅は棒のように立ち尽くす劉輝に話しかけた。
「いいか、大人が決める世界は、大人に都合のいい世界だ。歳を食うほど自分だけ守って逃げ切りたがる。昔のわしらはそのツケを食わされるのが嫌で嫌でしょうがなかった。俺らが変えなきゃこのままだと思った。今はわしらが歳を取り、お前の番が来た。霄らが押し付ける殻を破りたいと思うのなら、行け。それが混じりっ気なしのお前の意思だ。何かを変えたければ自分で変えろ。お前の父がしたように。わしが作ってやれるのはそのための時間だ」
劉輝は宋太傅に何か言いたかった。
けれどその言葉も、時間も。もはやありはしなかった。
劉輝は十三姫に突き飛ばされ、楸瑛に馬に乗せられ、邵可に”莫耶”と”干將”を渡されて夕影の尻に一鞭入れた。
迷いだけを手に劉輝は貴陽を駆け抜けていった。
王が馬に乗るのが目の端に映り、孫陵王は舌打ちした。
気が逸れたその隙を見逃さず、宋太傅が斬り込んでくる。
「思い出したわ。あの時お前は。敗走する旺季の小僧を逃すために、たった一人でわしら三人を向こうに回して立ち塞がった。…あの時とはまるで逆だな、懐かしいか?」
ぴく、と孫陵王の頬が引き攣るように跳ねた。
次の瞬間、彼は剣を跳ね上げた。
宋太傅は追撃に備えて後方に飛んだ。だが孫陵王は動かず、闇色の剣を鞘に納めた。
十三姫、鳳珠と春麗は残っていたが、邵可や、そのためぼしい近衛が忽然と姿を消しているのに気づいた。
宋将軍の目論み通り、というわけだ。
その後の孫陵王やりようを見ていた宋太傅は剣を納めた。
同じ武人だったはずなのに、彼は旺季に付き合って文官もこなすうちに、宋太傅よりも一回りも二回りも大きな器を手に入れていた。
ふと自分の時代は終わったのだと思い知った。
「…確かに手加減をしていたな、孫陵王。わしにではなく…」
陵王はそれに答えることなく、宋太傅に背を向けて黙って踵を返した。