紫闇の玉座−3
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
反対側の通路から楸瑛が貴陽に残っていた左羽林軍の手勢を引き連れて到着した。
近衛たちはまず劉輝の無事を確認して、一様に安堵の息を密かについた。
(なぜここに仮面尚書と紅春麗が?)
という問いは皆心の中にしまって、代表して楸瑛が言った。
「主上、ご下命を。小勢ですよ。すぐ鎮圧できます。兵部の孫尚書もおりますゆえー」
遠くの怒号が聞こえる中、この場だけ沈黙が落ちる。
劉輝が口を開くまでの間、とても長いような、そうでもないような‥だが、最後の答えを出そうとしていることを一同は感じていた。
「…いや、戦わないでくれ。どうか、誰も殺さないようにしてほしい。ーー余は」
視線が劉輝に集中する。
白雷炎も、邵可、絳攸、十三姫、楸瑛他羽林軍ーーそして、この場にはそぐわない鳳珠と春麗。
ぐるりと劉輝は見回してから、続けた。
「余は今宵、この城を出る。貴陽を、落ちて、逃げる」
劉輝は落胆や怒や、失望があると思っていた。
ーーが、誰一人としてそんな顔はしなかった。次々と静かに跪いていく。
春麗はそっと目線だけで立ったままの隣の鳳珠を見上げた。
仮面の下の表情は、まだなかなか読めない。
鳳珠と春麗以外のこの場の人間ーー楸瑛と皇将軍が最後に膝をつき、深く首を垂れた。
楸瑛が心から告げた。
「では、我が近衛羽林軍、最後まで我が君のお供をつかまつります」
続いて邵可も胸の前で両手を組み合わせた。
「ーー劉輝様、どうぞ紅州へ。紅州まで落ち延びれば、我が紅家があなたを迎え入れましょう。一族及び紅家の家紋、”桐竹鳳麟”にかけて、必ずお守り申し上げる」
「………ああ、頼む」
劉輝は顔を歪めた。今の自分が笑っているのか泣いているのか、よくわからなかった。
「主上、悠舜殿にはーー」
「いや。悠舜は、別の場所へ、行った。ここで、お別れだ」
全員の視線が、鳳珠に注がれる。
(肚を決めねばならぬか。だが、悠舜はいないー)
「私は…決めていることがある。戦にならない方、戦をしない方につく。主上であれば、先ほどのお言葉通り、誰も殺さず戦にはならぬだろう。だが、旺季殿がどう出るか不明だ。最も、戦を仕掛けるというのであれば、さっさと見切りはつけさせてもらうが…主上が玉座を離れられるという今、六部尚書が宮城から去れば、更なる混乱は避けられない。私は私の職務を全うするためにここに残る」
悠舜についていく予定だった、ということは伏せて、鳳珠は答えた。
いつかの夜、飛翔に答えた通り、悠舜に盲目的についていくのも違うと思っている。
去ってしまった今、疑いたくはないが、白大将軍の”裏切り者”という言葉からして、悠舜について何が正解なのか、今の鳳珠にはすぐにわからなかった。
「あぁ、それでいい…頼む、黄尚書…」
いつか帰ってくることができるかもしれない。
それもあるが、機能しなくなることで民に迷惑がかかるからな、と劉輝は小さくつぶやいた。
「それから…邵可殿、春麗ですが…」
チラリと見下ろすと、春麗は不安そうな瞳で見上げた。
鳳珠はしっかりと邵可を見つめて、力強く言った。
「春麗の気持ちが今も変わっていないならば、彼女も、こちらに残すことをお許しください。外朝の動きをあなたとやりとりできる人が必要になる時が来るかもしれない。それに私は…」
鳳珠がもう一度春麗を見ると、まだ不安そうに瞳が揺れていた。
こんな時に、そんなことが可愛いとか嬉しい思ってしまうのは心底惚れているという証だろうか、と仮面の下で薄く微笑んでから告げる。
「春麗が私に愛想をつかしたなら別だが、私は悠舜と違って、何があっても手放すつもりはない。必ず彼女を守ります。かつてお約束した通りです。」
春麗がパッと一歩寄って、鳳珠の腕にしがみついた。
「父様…」
邵可は一瞬、ふっと柔らかい表情になった。
「前に話した通り、もとより承知ですよ。鳳珠殿の言う通り、春麗に動いてもらうこともあるだろう。十三姫も百合姫もいるが、外朝の様子は春麗が一番確実だ。頼めるね、春麗?」
「はい…」
邵可に向かって真っ直ぐ頷いてから鳳珠と顔を見合わせ、もう一つ頷いた。
それを見た劉輝は「頼んだ」と言って、顔を背けると、夜の回廊へ飛び出した。