黄金の約束−1
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
午になったので仕事をこなしている黎深から見えにくい位置に座っていると、絳攸が迎えに来て、主上の執務室へ行くことになった。
「失礼いたします、吏部侍童の天寿、です」
きちんと挨拶をし,礼をしたまま待つ。主上相手に勝手に顔は上げられない。
「面をあげよ。ふむ…」
(これは、あの時に宋太傅と戦っていた?いやまさか??)
劉輝も楸瑛も同じことを考えて、しばらく固まる。
「”天寿”こと、紅春麗です。主上、ご無沙汰しております」
「春麗なのか…!」
「まさかあのなんでもできる侍童の天寿が春麗殿だったとはね!私が気づかないぐらいの変装ぶりはすごいよ」
楸瑛が苦笑いしながら感想を述べる。
「ところで、主上も面識があるんですか?」
「春に、後宮にいた。だが、ほとんど後宮で見ることはなかった。会話をしたのは1、2度だ。あのあと、具合はどうだ?」
「全く問題ございません」
「具合?」
楸瑛と絳攸が眉間に皺を寄せる
「あぁ、例の件の時に、春麗のところにも毒物が紛れ込んだりしていて、巻き込まれた。」
さっと二人の顔に険しさが増える。
(事実は違うけど、まぁいいか)
「その件は問題ありませんので、お気になさらず。ところで主上、絳攸兄様、お時間をとっていただきありがとうございます。わたくしからお伺いしたいことがございます」
すっと表情を変える。
「今回の、秀麗とわたくしの侍童での送り込み、本当の目的はなんですか?」
「・・・」
三人に一瞬沈黙が落ちた後、楸瑛が、「それは昨日話した…」と言いかけたのを遮る。
「そんな上辺の話を聞いているのではありません。人手不足を補充するための侍童なんて、貴族の子息にたくさんできそうなのがいると思います。そこをあえて”女である”、”私たち二人”に依頼をした、と言うことは、意図があると言うことですよね?」
まっすぐに絳攸を見つめる。
「王の補佐である絳攸兄様が、単なる人手不足でわたくしたちに依頼をするはずがありません、そこには、必ず主上の意思が入っていると思われます」
絳攸から視線を自分に向けてきた春麗と視線が合う。
(鋭いな)劉輝は少し目を細めて見た。
秀麗の双子の片割れ。だが秀麗とは異なる世界を持っているように見える。
絳攸は一つ息を吐く。
「お前に隠しておいたところで、大方予想はしているだろうし、それはおそらく当たっている。だから、俺は隠すことはしない」
「どういうことだ?」
楸瑛が口を挟む。
「…主上、楸瑛。はっきり言っておきます。女人国試制度、もし受けたとしたら、状元はおそらく紅春麗です」
「絳攸、それは…どういう、意味だ?」
「春麗はそれだけ頭がいい、と言っておきましょう。学問に穴はありません。上位及第どころか状元間違いなしです。任官しても、即戦力、すぐに頭角を表すでしょう。ただし、春麗が受けるかは別ですが」
(やっぱり…)
官吏になりたいという夢を持っていた秀麗。
それを知って勉強を教えていた邵可。
主上の教育係として、主上と共に勉強をしていた。
絳攸兄様が師だった。
秀麗の想いを主上が知っていても、おかしくはない。
そして、秀麗を気に入った主上が、貴妃としては手元に置けない秀麗を近くに寄せるための策…
”女人国試制度”は秀麗の夢を叶えるための策であり、それに春麗も巻き込まれたのだ。
(だから、戸部…あの方の元へ、私たちが行く必要があった、と。叔父様の横槍は想定外でしょう)
薄々わかっていたことだけれど、なんだか無性に腹が立ってきた。
秀麗のためのことなのになぜ腹がたつのか、その理由はわからなかったが。
「絳攸兄様、わたくしは主上と兄様の想いに巻き込まれたということですか?」
絳攸がビクッとなったのを、劉輝が受けた
「だが、春麗は一緒に受かれば、秀麗を守れるぞ?」
(このあまちゃん王は…こんなんでは、この先も”秀麗”や自分の必要なもののために、そのほかを犠牲にしてしまう。そんな王では人心がついていかない。そんな簡単なことになぜ気づかない!)
沸点を越えそうな怒りを、瞳を閉じて、深呼吸して抑える。
「主上、その言い方はよろしくありませんね。秀麗殿のために、春麗殿を犠牲にする、と聞こえます」
楸瑛が静かに言った。
(え?)と思い、目を開けて楸瑛を見る。
「秀麗殿に夢があるように、春麗殿にも想いはあるのではないでしょうか?それを尊重せず、秀麗殿のために春麗殿の想いを決めつけたり、踏み躙るような言い方は、よくありません」
春麗にウインクしながら告げる。
邵可邸の食事会で見ていて、楸瑛が感じていたことだ。
どうも、秀麗を中心に世界が回っている。邵可一家も、この王も。
「・・・」
本当は自分のことで怒っていたわけではなかった。
だが、敢えて春麗は否定しないことを答えとした。
重い空気が流れる。
「…すまなかった。そうだ、余は女人が国試を受けられる制度を作りたいと考え、絳攸と準備をしているところだ」
劉輝がはっきり言ったのを受け、絳攸が続ける。
「前例のないこと、10年かけてやるようなことを、半年でやろうとしている。反対も多いだろう。上官たちの承認を得るには、次期宰相と目される、吏部・戸部尚書の賛成は必須だ。特に戸部尚書は明らかに反対だからな。吏部・戸部に侍童として入ってもらう。女だとバレても構わない。二人なら下手な男よりよっぽど仕事ができる。両尚書は仕事ができる人は認めるからな」
もう一度、瞳を閉じて考える。
「…わかりました。”今回の件”については、協力いたします。ただし、国試をわたくしが受けるかどうかは別です。受ける理由が見つかれば、受けるかもしれません。」
絳攸が少し驚いた顔をして見てくる。
「それから…兄様はもうお分かりでしょうけど、多分、吏部ではほとんどやることはありませんので、することがない時は戸部にでも行って手伝ってきますわ」
びっくりした劉輝が春麗に捲し立てる。
「春麗、吏部は”悪鬼巣窟の吏部”と言われていて、怒声が飛び交っているし、吏部尚書は怜悧冷徹冷酷非道な氷の長官、と言われているのだぞ?余は嫌われていていつも怒られてばかりいる…そんな吏部で”することはない”だと?」
「はい。吏部尚書付きの侍童、としてはおそらくそんなにすることはないでしょうね。尚書には仕事はさせますので、ご心配なく」
(へ〜氷の長官、ね。確かに他人にとってはそうかもしれないわね)
のほほん、とした表情の春麗と対照的に、劉輝と絳攸は”しごとをさせるって!”と慄いていた。
「戸部は”魔の戸部”と言ってな、こーわいこわーい仮面被った仕事の鬼な尚書がいるんだぞ?余なんていつも怒鳴り散らされているのだ…そんなところを簡単に”手伝う”なんて言って、大丈夫か?」
(それは主上が仕事しないからでしょ?)
「春麗なら、大丈夫だ。任官しても即戦力と言っただろう。きっと戸部尚書は気にいるに違いない」
代わりに絳攸が答える。
「兄様、即戦力は言い過ぎですが…吏部尚書にはしっかりお仕事をしていただいて、戸部尚書のお手伝いもそれなりに頑張りますから、ご心配なく。あと、この件は秀麗は知らないですよね?」
主上に確認すると、頷いた。
はぁ、と小さくため息をつく。
「わかりました。では秀麗には普通に頑張ってもらいましょう。わたくしからのお話はもうございませんわ。あ、もう一度言っておきますけれど、名前は”天寿”ですので、外朝ではお間違いのないよう。失礼いたします。」
一礼して、室を出た。