紫闇の玉座−1
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チリリン、と人のいない夜の戸部に音が響いた。
春麗は小さく尚書室の扉を開けて、戸口を見る。
こちらに向かってくる途中、おいてある燭台の灯りにほんのり照らされたのは、管飛翔工部尚書だった。
「飛翔様、こんばんわ」
声に出して扉を開けると、後ろに座って仕事をしていた鳳珠は顔を上げた。
「おぅ、邪魔するぜ」
飛翔は尚書室に入り、春麗に促された椅子に座る。
その姿はともかく、手に持つ酒瓶を認めた鳳珠はため息をつきながら「まだ仕事中だ」と再び筆を動かした。
「まぁそう言うなって。たまには付き合えよ。これ、昼間に悠舜のところに持っていったら、あいつ、うまいと言って全部食ったぞ」
手にしていた小さな袋を春麗に渡す。
ふわりといい香りが広がり、にっこりと笑った春麗は、棚から小皿を出してきてそれを開け、
「酒器じゃなくて申し訳ないですけど」
と言いながら茶器を飛翔に渡した。
無言のまま時間が過ぎる。
飛翔も黙って手酌で酒を飲みながら待つ。
切りのいいところまで仕上げた鳳珠が筆を置き、顔を上げて飛翔の前に座った。
「それ、外せよ」
「…」
ことり、と外した仮面を机に置くと、空いている茶器に飛翔が酒を注いで渡した。
「お前も大概ひどく疲れた顔をしてるな、悠舜ほどじゃないが」
「飛翔もな…欧陽侍郎がいなくなったから忙しいだろう?」
飛翔は薄く笑ったが肯定も否定もしなかった代わりに、春麗をチラリと見た。
「外しましょうか?この時間に出歩くのはちょっと…と思うので、資料室にでもいますわ」
「いや、構わない。春麗に聞かれて困る話だったら、飛翔は私を呼び出しただろうからな。もっとも、私には春麗に聞かれて困る話は何一つない」
鳳珠は春麗でなく飛翔を見て言い切った。
「ったく、お前、ほんと変わらないな。いつだって真っ直ぐだ」
飛翔は笑いながら酒を煽って、注ぎ足しながら春麗に座るように促した。
春麗はお礼を言いながら鳳珠の隣に座り、飛翔が持ってきた玄圃梨を手に取った。
「それで?」
「それを持って悠舜のところに行ってきた。あいつ、倒れかけ寸前だ、というか、室に入ったら杖すっ飛ばしてへたりこんでた」
「衝立の裏に、長椅子…があっただろう?」
「知ってたのか?」
「少し前に、行った時に、黒い長椅子をチラリと見た」
「今じゃその上は、寝台のように整えられているぜ」
鳳珠は辛そうな表情をして、瞳を閉じた。