蒼き迷宮−2
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紅州ーー紅本邸。がらんとした本家に、一人の訪問者がやってきた
「こちらです。人払いはしてあります。紅州州牧としてお忙しい中、足をお運びくださり、ありがとうございます、劉志美様…義兄を、よろしくお願いいたします」
志美は断りもせず、室に入った。黎深はボンヤリ庭院を見ていて、振り返りもしなかった。
無視しているのではなく、本当に気づいていないようだった。あの黎深が。
「…黎深、あんたねぇ、国試ん時にアタシ言ったでしょ?『カレから連絡してくれるまでアタシはしないんだから!』なーんて勘違いやってると、悠舜とはそれきりよ、って」
その言葉遣いと、悠舜、という名に、黎深のぼんやりしていた目の焦点がバチッとあった。
「……志美」
「きーてるわよ。あんた、王都で全然仕事しなくて、悠舜に散々メーワクかけて怒らせた挙句、クビにされたんですって?バッカねぇ。言わんこっちゃない」
相変わらずの口調で続ける
「諸悪の根源のあんたを何度ぶん殴って畑に埋めようとしたかしれやしないワ。…でもいーわ。あんたのそんなカカシ顔見たね。聞いたげるわよ、悠舜と何かあったんでしょ?」
黎深の表情が硬くなった。
志美はふふんと肩をすくめた
「…やっぱりね。わかるわよ、それっくらい。昔からそーじゃない、あんたが何かやらかしてどーしていいかわからないってマゴマゴするの、悠舜の時だけじゃないの」
黎深は何も言わなかった。
言いたくないというより、本当に何を言っていいかわからないようだった。
「…あのねぇ黎深、アタシがなんでこのクソ忙しー時にわざわざきたか、わかる?」
「…」
「アタシたちの中では悠舜の運命を変えられるとしたら、あんただけだと思っているからよ」
これは志美の偽らざる気持ちだった。
黎深の前髪が、微かに揺れた
「ヘコんでんじゃないわよ。悠舜をテコでも動かせないのは、あんただけじゃないのよ」
悠舜のことを思う。
黎深だけでなく、鳳珠も、飛翔も、文仲も、俊臣も、そして自分も…どんなに言っても悠舜は自分の考えを曲げない。
そこから、黎深より凄すぎる超弩級のお馬鹿さんな若者たちのことも思った。
「悠舜の決断は誰にも変えられないかもしれない。でもね、悠舜の運命を変えることはいまだできるのかもしれない…それだけ、言いにきたのよ。アタシがこうして旧友として会いに来れるのは、これっきり。ーーさよなら、黎深」
志美は踵を返し、黎深に背を向けた。室を出る間際、耳のいい志美にしか聞こえないくらいの囁きが落ちた
「…悠舜から足を奪ったのは、私かもしれない」
だが志美は振り返らなかった。慰めることもしなかった。
「ーーだから?紅家が今まで奪ってきた中じゃ、多分一番ささやかなモンだと思うわよ」
紅州州牧の声で冷ややかに言い捨て、足を止めることもなく出ていった。