序章
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その後、黎深が吏部配属となり、1年ほどしたところで迎えの俥がきて、春麗は黎深の邸に向かった。
「初めまして春麗ちゃん。私は百合、この子は絳攸、よろしくね」
「よろしくお願いいたします、百合おばさま、絳攸兄様」
「よ、よろしく…」
子供らしい外見には似合わず、完璧な礼儀で挨拶をする春麗を見て、「いくら薔君の教育だからって…」と小さく呟く。
「春麗ちゃんは急いで大人になっちゃったんだね、ここではもう少しゆっくりして甘えていいからね。そうだ、ここでの衣装を用意しようか」
「黎深叔父様、わたくし、できれば勉強をしたいのです」
「わかった、私が教えよう」
「黎深!?」
「いいんだ、百合。そのつもりで春麗を呼んだのだから。他には何がしたい?」
「剣と馬と楽と采を学びたいです」
「剣はダメだ」
「…」
春麗は下を向いて、キュッと手を握った。
「二胡は姉上から習っているか?」
「はい」
黎深は少し考えた後、
「百合、約束だったが一つだけ許可してほしい。私が春麗に琵琶を教えたい」
「黎深・・・」
「春麗に教えるとき以外は弾かない。許してくれるか?」
(きっと、他で弾かないと約束しているに違いない)
会話を聞いて、さっと春麗の顔色が変わった。
「叔母様とのお約束で叔父様が弾かないことにしているなら、琵琶でなくとも構いません」
間髪入れずに断りを入れる。
「いや、春麗は紅家の姫だ。どこかで琵琶を手にしなければいけなくなるのなら、春麗には私が教えたいんだ。百合、頼む」
百合は、黎深と長い付き合いで初めて”頼む”と言われた。
あ!の!黎深が!!
”頼む”と!!!
頭を下げた!!!!!
百合に取ってはその衝撃があまりに大きくてしばらく呆然としてしまった。
だが、子供らしからぬ、何かを持っている春麗、そしてそれを守りたいと思っている黎深の気持ちを汲んだ。
「君がそこまでするなら、構わないよ。私もいるときは聞けるしね」
「ありがとうございます。そしてごめんなさい、叔母様…」
春麗は少し悲しそうな顔をして、頭を下げた。
いいんだよ、と百合は笑って撫でてやった。
(まだ三歳ぐらいよね?そんな年齢で全方位に気を遣って…)
百合は子供らしさが全く出ない春麗を少しかわいそうに思った。
絳攸と違い、拾われてきた子でもないのに、この様子だと家でもこんな感じなのだろう。
(どうして?)という思いがよぎる。
わずかなやり取りで事情をざっくり推察した百合は、明るい声を出して言った。
「春麗ちゃん、ここでは好きにしていていいからね。絳攸も春麗の面倒見てあげてね」
「はい」
それから週に3〜4日ほど、朝に迎えの俥がきて黎深の邸に通うようになった。
もっとも、初めの頃は百合がいたが、紅州に帰ってしまってからは、絳攸と勉強し、夕方から采を家人に習いながら準備を手伝い、夜になって黎深が帰ってきたら一緒に食事をして琵琶を少し習ってから帰る、という生活を送るようになった。
公休日は一日中、黎深がつきっきりで勉強を見たり、たまに着飾らせて出かけたりしていた。
時々、悠舜や鳳珠も一緒に出かけた。
黎深の溺愛ぶりにいささか引きながらも、二人はく付き合った。
黎深は、絳攸については放任して育てていたが、春麗については過剰なぐらい自ら世話を焼いていた。
ついにその日がやってきた。
朝から黎深邸に行く予定だったが、春麗が初めて断った日でもあった。
薔君にべったりとくっついて離れない。
秀麗はまた体調を崩して、寝ているので邵可と静蘭が交代で見ていた。
「春麗…そなた、気づいておるな」
「いやです!母様!」
「春麗、良い子じゃ…この先も今日のような思いはたくさんするであろう。でもそれは春麗が悪いわけではない。”そういう運命”になっておるのじゃ」
春麗をひと撫でして続ける。
「妾は子は産めぬはずじゃった。だが、背の君との間に二人もかわゆい子を授かり、立派に大きゅうなって満足じゃ。春麗、そなたは見たくないものは見なくて良いのじゃ。その力はを使って他人の運命を変えることは決してしてはいけない」
(それは、自分を犠牲にすることに繋がるからじゃ)
口には出さずに諭す。
「春麗は、春麗の人生を歩むのじゃ。妾にとっての背の君のように、大切な人を見つけ、大切にして過ごすのじゃ」
「大切な、人?」
「そなたはもう誰だかわかっているのではないか?ただ、その者が我が背の君のような相手になるとは限らないが、たとえ何があっても、そなたの心の想いに背いてはならぬ。良いな?約束じゃ」
「わかり、ました…お約束します、母様…」
大きな嵐になり、その夜、薔君は天に帰っていった。
春麗に約束を、秀麗に命を残して。