黒い蝶ー3
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それから数日後。
寝物語的にゆるゆると鳳珠と春麗は話をしていた。
「そろそろ秀麗は州境を過ぎたあたりでしょうね」
「そんなもんか」
「紅家当主…誰になっているかしら?」
「黎深じゃないのか?」
鳳珠は驚いて起き上がって聞く。
春麗は少し考えてから「多分、今回の件で変わっているかと…父様かしら?」と答えながら、鳳珠にキュッと抱きついた。
「最近、よく甘えてくるな、どうした?」
春麗ははっとして赤くなりながら
「だめ、ですか…?」
と小さく尋ねた。
「いや…何か不安に思っているなら言ってほしいし、”お誘い”なら歓迎だ…」
少しずつ甘い雰囲気を纏い始めたのを破ったのは、家令の声だった。
「旦那様、奥方様、まだお休みでなければ…宮城から、今からでも出て来られる方のみ出仕するように、と通達が」
鳳珠と春麗は顔を見合わせ、急ごう、と着替える。
春麗は髪を一括りにして、いつもの薔薇の簪を刺した。
流石に寝る前の下げ髪で出るのはと、最低限体裁を作った形だ。
出て来られる大官のみ、という通達だったが、話を聞いたほとんどの大官がすっ飛んできた形となった。
(やっぱり…)
春麗は玉座の間に足を踏み入れた瞬間、目の前の姿を見てガクッとうなだれた。
確かに、つい少し前だが秀麗の婚姻の話が出ていることも文に書いた。
それはとっくに読んでいるだろう。
(あぁ、紅家当主の娘になってしまう…)
その人は…ただ静かに佇んでいるだけだが、あたりを払うような威厳が確かにあった。
紅家当主たる正装姿だけではとてもじゃないが説明がつかない。
府庫でポヤーンと微笑みながら茶を飲んでいた人と同一人物とは思えない。
その姿を見た玉座の間はざわめいていた。
(父様の雰囲気、”府庫の主”とも、見たことがないけど”黒狼”ともまた違う…父様って、黎深叔父様よりも、玖琅叔父様よりも、実は”政治家”だったんだわ)
春麗はふぅ、と小さく息をついた。
鳳珠と春麗の姿を認めた”紅家当主”ー紅邵可は、わずかにわかる程度にふっと口の端をあげて笑った。
鳳珠は軽く目礼し、春麗は懐から紅の扇を出して、左手を添えた。
探りを入れるために息を詰めて春麗の様子を見ていた一同は、やはりそうなのか…という納得をした顔をして視線を外した。
「今日はそっちなのか?」
鳳珠が小声で尋ねる。
「えぇ、聞いていませんでしたけれど…黎深叔父様がいなくなって、紅姓官吏で官位がいちばん上なのはわたくしですから、父様が当主を継がれたのであれば、主上が出られるまでの間にそれを認める形を示しておくべきかと…お許しくださいな」
「許すも許さないも…構わない。邵可殿のことだし、お前は紛れもなく紅春麗だ、良いようにしろ」
「ありがとうございます。でも大半の大官は今の様子を見ていたでしょうから、もう役割としては必要なさそうですね」
魯尚書や柚梨も出てきたので、いつも通り定位置に立つ。
「マジか。マジだ。マジなのか。ほんとに邵可殿じゃねーか、おいヨメ!どうなってるんだ?」
「いやあれほんとに邵可様ですか?格好もですが雰囲気も顔つきも全然違うじゃないですか。使用前・使用後じゃあるまいし。楊修も真っ青のあの変貌ぶりは何事ですか?ちょっと紅春麗、どうなっているんですか!!??」
工部組が話しかけてくる。
「飛翔、春麗はお前のヨメではない」
「鳳珠様、今はそこではありません。そして玉様、どうなっているのかと言われても、あれも紛れもなく父ですね」
まだ手に持っていた紅い扇をぱらり開いて、口元に当てる。
「うわー、黎深みてー、それやめろよな」
飛翔がうへぇ、という顔をしてから、鳳珠に叱られて自分の立ち位置に戻り、春麗は紅の扇を懐にしまった。