黒い蝶ー3
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春麗は考える時によくする…顎に手を当てて斜め上を見ながら答えた。
「どうして結婚しようと思ったか?って…今更?あぁでもあまりゆっくりそんな話をする機会はなかったものね」
この半年で起こったことをざっと思い返して答えた。
「どうして…って、黄尚書から言っていただいたから。わたくしも黄尚書をお慕いしていたからお受けしましたの。それだけよ」
「…」
秀麗は黙って下を向いた。
「納得してない、って表情しているわね…それ以上も以下もないんだけれど…」
「春麗は…まだ子供はできてないわよね?」
この一言で、ようやく春麗は秀麗が来た意味、質問の意図がわかった。
なぜ最初の質問でわからなかったのだろう、と自嘲気味に薄く笑う。
だが確認した本当のことー羽羽から言われたことーをそのまま答えるのは、得策ではない気がした。
「母様が子供を授からない身体だったのに私たちが生まれたって話をしていたのは覚えてる?」
「えぇ…」
「わたくし、最初に黄尚書から好きだと言っていただいた時にね、”気が早い、と思われるかもしれませんけど、仮にわたくしが結婚しても子を産めない、と言われたらどう思われますか?”って聞いたの」
「えっ?」
「びっくりでしょう?まだその…告白していただいただけの段階でよ?でも、後で聞いてなかった、ってなるより、そういう可能性もある、ということを先に知っていただいた方がいい、と思って。まぁ、答えとしてはそれででも構わない、どうしてもであれば養子を取ればいい、ということだったのでお受けして今があるのだけど…秀麗の場合、相手がねぇ…」
秀麗はまた下を向く。
「やっぱり春麗は知ってたんだ」
「まぁ…朝議には出てるからね…」
「そっか、そういう立場だものね…そう。劉輝にははっきり伝えたわ、子供が産めない体だって。茶州にいたときに葉先生に聞いているの。だから、十三姫も妃にあげて欲しいと言って…約束してもらったわ」
「あなた…!」
秀麗は顔をあげてキリッとした表情で言った。
「官吏をやめて、紅家直系の姫として、後宮に入るわ。でもその前に…官吏としての最後の仕事ができたの。紅州に、紅家に、勅使として行ってくるわ。燕青と、リオウ君と、タンタン…あぁ、もう一人の御史とね」
春麗は目を閉じた。
御史台所属でないとできない仕事、と言うわけでもなかっただろう。
自分に御史をつけてやらせることも可能だったはずだ。
だが、葵皇毅は秀麗にやらせた。
最後の仕事として。
「秀麗は…それでいいの?夢だったでしょう?」
秀麗はビクッとしてから少し遠い目をして、頷いた。
心は偽っている時にする仕草だったが、覚悟は決めたように春麗には見えた。
「葵大夫は…厳しいけれどいい上司ね…」
(おそらく、いや、王にとっては間違いなく敵だけど…ただ、王は自身を守る意味で唯一の”王の官吏”を切り捨ててしまった…紅家を取ることが目的なら、世羅姫でもよかったのに)
口には出さずに心の中で盛大にため息をついた。
「毎日クビだと言われてたけどね、劉輝に答えてから御史台に戻ったときに、長官に抱きついて大泣きしちゃったわ。しっかり泣かせてもらったけど」
「まぁ。でも…あの方は冷たいけれど、優しさのある方だわ」
「春麗、この前、景侍郎と一緒に来た時に会ったのが初めてじゃないの?知ってるの?」
「そんなによく知らないけれどね、どういうわけだか時々話しかけられることがあって…そうね、お会いするときはよく凌黄門侍郎とご一緒で、戸部の近くで。紅家直系の女人官吏、ということで、御史台長官自ら目をつけてるのかしらね?」
おどけたふうに笑って、お茶を足しながら話を続ける。
「晏樹様も!?」
「あら、そう呼んでいるの?えぇ、大体絡んで…いえ、お話をするのは凌黄門侍郎の方が多いんだけれど、必ず後で葵大夫が補足してくださるのよ。あと、余計なことは仰らないし、凌黄門侍郎よりは信頼できる方だと思っているわ」
重臣会議の時のことを思い出しながら話す。
紅春麗は黄奇人の妻だ、と別の意味で紛糾しないように、あの場で言わないでいてくれた人。
最も、凌晏樹の意図、先に秀麗を片付けることを分かった上で、あえて黙っていたのかもしれないが。
「ねぇ春麗、晏樹様から桃もらった?」
「桃?”何かをもらったら最後、愉快痛快不愉快になる”でしたっけ?」
「それ、長官から聞いたでしょう?」
秀麗が前のめりになってくる。
春麗はクスクスと笑いながら
「えぇ。桃は下さると言われたけれど、葵大夫からそう言われていたので、わたくしはお断りしたので受け取っていませんわ」
と答えると、秀麗はほっと安心したように椅子に深くもたれかかった。