はじまりの風−3
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鳳珠はそっと寝台に春麗を横たえる。
仮面を外し、春麗の汗と汚れで顔に張り付いた髪の毛をそっと撫でてから、濡れた手巾で顔と手を拭いてやった。
左手に握りしめている、先端の尖った簪に目をむけ、そっと指を外して手に取る。
明らかに、ボロボロになった侍童服。
細い腕にいくつかできている痛々しい痣。
「黎深…”天寿”は”紅春麗”だろう?彼女に一体何があった?」
「・・・」
「答えろ!!…答えないなら、目が醒めたら本人に聞くまでだ!」
思いもよらなかった鳳珠の剣幕に少し驚いてから、黎深は目を瞑って考え、それから口を開いた。
「鳳珠、君のいう通りだ。霄大師の要請らしいが、期間限定の貴妃がいるのは知っているだろう?それついて、女官として上がっている。危険から守る係としてな。そして、日中は”天寿”として三師付き侍童、これも調査の一環としてだろうな。戸部に行くようになったのは、春麗は景侍郎に声をかけられたと言っていたが、本当に偶然だったんだろう」
「・・・」
コトリ、と鳳珠が枕元に置いた、花の減った簪を手に取って続ける。
「全て、霄大師が仕組んだことだ。利用された。もっとも、春麗について言えば、以前から知っていたのでな、”貴妃を守る”ということで動くと分かった上での仕掛けだ。あいつのことは殺しても殺し足りん」
ピキッと扇面にヒビが入る。
「おそらく、首謀者…茶太保を取り巻く兇手とでも戦ったんだろうな。だが君も以前府庫から見た通り、そんなに簡単に負けるはずがない腕なのにこの有様だ。これは誰かに薬か何か飲まされているのだろう。全く、第一に自分自身を守れと言ったのに、無茶して…」
そっと春麗の頭を撫でる。
「春麗は子供の時から、手を差し伸べても、素直に取らない。自分の気持ちに蓋をして、自分を犠牲にして、困難な方へ足をむけ、最後は殻に閉じこもってしまうんだ…だからせめて、自分の殻から出してあげることをしてやりたい。春麗、守ってあげられなくて、すまない…」
鳳珠は黎深を見て目を見開いた。今までに見たこともないくらい悲しそうな表情をしていた。
そして少し考え込む。黎深の様子と、いつか、月の下であった時の記憶と、古い昔の記憶を繋げていく。
「黎深…彼女は何と確かまだ彼女が幼い時ー初めて会った時に、うちで預かるとまで言っていたな?実の親の邵可殿よりもお前が春麗を守るというのはのはなぜだ?」
「彼女は生まれた時から一人だ。そして自分を犠牲にしている。助けてやる人がいない。それだけだ」
(秀麗を中心に回してしまったがために、自分と世界を繋いだ兄上でさえ、その役割を果たせなかったのだ。だから、私が守らなければ、春麗はおそらく壊れてしまう)
言葉の真意を問いただしたい気持ちもあるし、何かまだあると考えたが、黎深はこれ以上は今は答えないだろう。
息もしているかしていないかわからないほどに微動だにしない春麗を、鳳珠は苦しそうに見つめた。