青嵐の月草−1
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(あの常春頭はどうするつもりなんだ)
絳攸はイライラと仕事をする手を止めた。
(…本当に妹を王の嫁にやるつもりなのか)
楊修が吏部侍郎室に入ってきて書翰を積み上げる
「気になるなら、王のところでもどこでも出かけりゃいいじゃないですか。別に王と喧嘩をしたわけでもなんでもないんでしょう。朝廷で何て言われているかわかってます?」
「…わかっている。が、しょうがないだろう、これじゃ」
山積みの書翰の上にさらに積み上げられたのを抑えながら絳攸は苦々しく答えた。
その時、バタン、と扉が音を立てる。
二人が目を向けると、紅の扇が見えた。
「全く…絳攸兄様は馬鹿ですか?」
ため息と共に現れたのは春麗だった。
「吏部尚書補佐としての最初で最後の進言…いえ、忠告です。侍郎が尚書代行をしているのは越権行為にあたります。”侍郎”のお立場できちんと”尚書”に仕事をさせてください。何を言われてもです。その際に何が起こっても、吏部侍郎の骨は尚書補佐であるわたくしが拾います」
ぱらりと扇を開いて、優雅に仰ぐ。
絳攸は苦虫を噛み潰した顔で答えた。
「だったら、”尚書補佐”が”尚書”に仕事をするように言ってくれれば済むのではないか?」
「あくまで”補佐”ですからね、尚書から指示が出ればやりますよ。でも、その指示は出ない。そして、出ていない指示を侍郎が行っている…お分かりだと思いますが、ことが露見したらどうなるか…」
扇を閉じて、パンと手で叩く。
その様があまりに養い親に瓜二つで、絳攸はもう一つため息をついた。
「ここからは、”紅家の者”としてお伝えしますわ」
チラリと楊修を見る。
面白そうに聞いていたが、家の話を聞くなという春麗の無言の圧を感じて「じゃ、また後でな」と出て行った。
「”紅家の者”、そして兄様の従姉妹の春麗として、こちらも最初で最後の進言です」
「最初で最後の?」
「正確にいうと、当面の間は最初で最後の、になると思いますが…藍将軍も兄様も、”家”を意識せざるを得ない立場です。兄様は紅姓ではない…だから、紅家の柵から逃れることができる。黎深叔父様が何を考えているかちゃんとわかれば、自ずと行動が決まってくるのではないですか?」
絳攸は目を閉じて俯いた。
「せっかく悠舜様…鄭尚書令が来られて、官吏としても色々なことを学ばれていると思いますけれど、それも無駄にされるのかしら?」
「…さすがにお前には気づかれていたか」
クスリと笑って春麗は答える
「えぇ。そして、この状況を変えるには、”絳攸兄様”が、自ら”黎深叔父様”へきちんとお話ししないといけませんわ。わたくしからでは意味がありません」
「なぜだ?黎深様は春麗のいうことは何でも聞いてくれるじゃないか」
「兄様…これは兄様と叔父様の問題です。わたくしが口を挟む問題ではありませんわ」
ピシャリと言うと、絳攸はグッと詰まった。
「わたくしからは以上ですわ。兄様…くれぐれも選ぶ道を誤らないでくださいませね」
春麗は悲しそうな表情をして、室を出て行った。
吏部を離れた小さな庭院で昊を見上げる。
春麗の心を写したかのような曇天だった。
(これでもきっと、兄様は動かない…)
込み上げてくるものを押し留めるように、グッと力を入れて瞳を閉じる。
見えた景色は、春麗が望まない絳攸と黎深の姿だった。
(はぁ・・・)
大きくため息をついてから、気持ちを切り替えるようにもう一度昊を見上げて、戸部へ戻った。