紅梅は緑風に乗って香る−2
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バン!という戸部の扉を開けた音とけたたましい足音が響く。
薄く開けておいた尚書室の扉も開けて、男たちが入ってきた。
「こんな時間に他人の部署を訪れておいて、挨拶もなしか」
冷たい声で黄尚書が言う。
「姮娥楼の秘密の琵琶姫、じゃなかったの?」
晏樹が肩で息をしながら、琵琶を弾いている人ーー紅黎深の姿を見て、ガクッと項垂れる。
「絶対にそうだと思ったのに…僕が間違えるはずないのに…」
「なんだ晏樹、お前が絶対に自信がある、というからきてみたら紅黎深じゃないか」
「さっきの音色は絶対にそうだったんだよ!何度胡蝶に頼んでも、秘密の琵琶姫だけは絶対にダメだって、会わせてもらえなかったんだ。ねぇ、お姫様が弾いていたんじゃないの?」
「だいたいお前、胡蝶に名乗ってなかったじゃないか。それは教えてもらえなくて当然だろう」
「違うんだよ、全部の客を断ってた秘密の琵琶姫だったんだよ!」
いつもの余裕なく春麗に向かって近寄ってくる晏樹を制するように、柚梨が間に立って、立礼した。
「お話から察すると、お二人は琵琶の音を聴かれてこちらに来られたんですか?琵琶は、紅尚書が弾いてくださっていましたよ」
「ハァ〜〜なんだぁ、違ったか…」
晏樹がふと皇毅を見ると、皇毅はじっと春麗を見ていた。
「何?皇毅?あっちのお嬢さんには随分冷たい対応だったけれど、もしかしてこっちのお姫様が気に入ったの?」
黎深が青筋を立てて皇毅を見る
「秀麗に何をした?」
「何も…愚かで甘い娘だ、と言ったまでだ」
皇毅は黎深を見ずに、春麗を見たまま答えてから、「邪魔をした、帰るぞ」と踵を返した。
春麗は鳳珠を見て頷いてから、「葵長官」と声を掛ける。
振り返った皇毅に、用件は鳳珠が伝えた。
「部下に伝えておけ。紅春麗に用があるなら戸部へ来い、と」
「さぁ、なんのことだか、な…」
「ここ数日、陸御史がわたくしの様子を伺っていらっしゃるようですから…兼務はしていますが、戸部にいる時間が一番長いので、ご連絡はこちらにいただければ対応いたしますわ」
皇毅は心の中で舌打ちして、何も言わずに出て行った。
「ねぇお姫様、本当に姮娥楼の琵琶姫じゃないの?今度、琵琶弾いてみてよ、桃あげるから」
「桃は結構ですし、琵琶も弾きませんわ」
「そう・・・つれないね、それは残念」
ひらひらと手を振って、晏樹も出ていく。
「黎深、お前が馬鹿なことをしたから、変に目をつけられたではないか」
「この前の…意趣返しだ」
はぁ、と鳳珠はため息をつく。
凌晏樹はともかく、葵皇毅のあの様子は何か気になる。
「春麗ちゃんの音と全く同じでしたね。目を瞑って聴いていたら多分切り替わりはわからなかったと思いますよ」
「そりゃ、私が春麗に琵琶を教えたからな。春麗の音くらい出せる。兄上は琵琶は弾かなくなってしまったから、私に教えて欲しいと頼んできたのだ」
微笑んで春麗は頷いた。
「それにしても、あんな勢いで飛び込んでくるとは、凌晏樹らしからぬ」
「塩でも撒いておいたほうがいいんじゃないか」
鳳珠のため息と黎深の言葉を受け、柚梨が今日のことから分析して提案する。
「戸部の入り口の扉に何か音の鳴るものをつけましょうかね…今ぐらいの勢いで来てくれれば気が付きますけれど、そうじゃないと夜中の仕事の時に危険ですよね」
「悠舜の奥方に依頼してみよう。春麗、頼んでくれるか?」
「えぇ。せっかくですから、何か綺麗な音が出るものがいいでしょうね。吏部と礼部の分も頼んでおきますわ」
春麗は黎深の顔を見て伝えた。
最も、ほとんど残業などすることのない黎深には必要のないものではあったが。