白銀の砂時計−2
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「初めてお目にかかります、戸部の紅春麗でございます。この度はお忙しい中、若輩者のわたくしのためにお時間をいただきまして、ありがとうございます」
しっかりと跪拝した春麗に、目当ての人ー伝説の官吏、櫂黒州州牧はにっこりと笑った。
「お立ちなさい。まさかこの歳になって、かように魅力的な才媛と同僚になり申すとは、嬉しいことですね。またその方から文をいただけるなど」
声を聞いた春麗は瞠目した。
(ほ、鳳珠様と同じぐらい美声…鳳珠様で慣れているはずなのに、動悸が…)
「茶州州牧の紅秀麗殿以上に噂は黒州まで届いておりましたよ、紅春麗戸部尚書補佐」
柔らかい物腰と全く崩れたところのない容姿も魅力的だ。
(お顔のタイプは違うようだけれど、若い時は鳳珠様に負けないぐらい美しかったに違いない…鳳珠様もお年を召されたらこんな感じになるのかしら?)
あまり他人の美醜に囚われない春麗だが、櫂州牧は違った。
「こちらにお掛けになってください。あなたとお話ししてみたいと思っていたので、文をいただいた時は嬉しかったですよ。黒州名産の黒芋羊羹です。お召し上がりください」
「ありがとうございます。お茶はわたくしに淹れさせてください」
「女性の手を煩わせる訳にはいきませんから、お寛ぎになってください」
と慣れた手つきでお茶の準備をする
(ま、まめまめしい…女性にモテる要素しかないですわ)
「あの、それでしたら実は…本日、お時間をとっていただいたお礼に、黒州の黒芋羊羹に合うと思ったお茶をお持ちしたのです。今日、羊羹をいただけるとは思っておらず、櫂州牧が黒州にお戻りになられた時に、一緒に召し上がっていただければと思っていたのですが…」
「それはお心遣いいただきましてありがとうございます。せっかくですから、今こちらをいただいても?」
「もちろんです。ではわたくしにお茶を淹れさせてくださいませ」
クスリと笑ってから櫂州牧は
「紅官吏は非常に心遣いのできる女性ですね。仕事もできて心遣いもできるこんな素敵な女性がいる戸部は、ますます良い部署になるでしょうね。黒芋羊羹とこちらのお茶の相性もとてもいいです」
と柔らかく微笑んだ。
「文には、私に師事したいということが書いてありましたけれど、おそらく貴女は官吏としてしっかりやっていらっしゃるし、戸部は尚書も侍郎も立派な官吏、兼務されている吏部も尚書、侍郎ともにしっかりされています。老いぼれの必要はないのでは?」
「戸部は尚書、侍郎以下、本当に素晴らしい方に囲まれております。毎日が本当に勉強になりますし、わたくしは恵まれていると思っておりますわ。ただ、毎日共に過ごしているからこそ、近すぎるのです。吏部は…補佐と言っても尚書の手伝いを少ししているぐらいですし、身内になりますので、なかなか…官吏としての冷静さと客観性が欠けてしまいます。官吏にとっては致命傷になると考えます」
お茶を一口飲んで、一拍おく。
「今回、試験的に設けられた女人官吏制度です。わたくしと茶州州牧の紅秀麗が国試に及第いたしましたが、ここで終わらせてはいけないと考えております。今後、入ってくるであろう後輩のためにも、秀麗とわたくしがしっかりと道を作っておかねばと思います。誰より多くの経験と知識をお持ちの櫂州牧にご教授いただきたいと、図々しくお願いの文をお送りさせていただいた次第です」
櫂州牧は髭に手を当て、じっと耳を傾けている
「わたくしのような若輩者がお忙しい櫂州牧にお願いするのは図々しいとわかっております。もし、櫂州牧が今後のこの国に女人官吏が必要だと思われましたら…たまにで構いませんので、御文のやりとりをさせていただけますと、大変ありがたく嬉しく存じます」
春麗はここまで言って、頭を下げた。
「貴女の気持ちはわかりました。もとより、お断りするつもりもなかったですよ。この国をこれから担っていくであろう若い方から、却って教えていただくことが多いのもまた事実です。私の方こそよろしくお願いしますよ」
にっこりと笑って、皺だらけの手を出してきた。
春麗はそっと手を取って、握手をする。
「貴女はきっとこの先…女性としての分岐点がたくさんあるでしょう。でも、そのための法整備もされました。まだまだ足りないところもありますが、諦めずに揺るぎない意思を持って進んでください。もし迷った時は、貴女の力となれるように後押ししましょう。私も貴女も、この国の未来を瞳にうつす特権を持っているのです」
その言葉に、春麗は込み上げるものを感じ、もう一度跪拝した