白銀の砂時計−1
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「なんと、ここまで何の役にも立たない美貌というものを拝見したのは生まれて初めてです」
仮面の下から現れた顔に、柴凜は心から感心した
「旦那様からお話を伺って以来、お会いする機会があればぜひ一儲けに有効利用させていただこうと密かに画策しておりましたが、潔く諦めましょう。これではまるで役に立ちません」
「おやなぜですか、凜?ここに来るまではあれほど画師や彫物師を呼んで創造意欲を刺激させて、素晴らしい作品をなどと色々計画していたではありませんか。歳をとって少しは落ち着いたかと思えば、何やらますます磨きがかかっておりますし…」
「『冥土の土産にするしかない無駄美貌』ですこれは。むしろこちらの仮面の方をよっぽど譲っていただきたいですね」
きちんと面会の手続きを踏んで戸部に現れた鄭悠舜・柴凜夫妻は当の本人を目の前にしつつそっちのけで会話を進めていると、景侍郎がついに堪えきれず吹き出した
「確かに冥土のお土産にはぴったりですねぇ。死んでも忘れませんから。それにしても鳳珠の素顔を見て仮面の方に興味を示された方は初めてですよ。たいてい良くて十日は魂魄が戻ってこないのですけれど。さすが鄭官吏の奥方ですね」
「この世で一番の方は碇を打つごとく心に決まっておりますので。確かに非常に驚嘆かつ稀な逸品に感嘆いたしますが、悠舜殿より私の心を揺さぶることはないというだけです」
麗々しい美貌に少しの苦笑と、心からの喜びを込めて、鳳珠は旧友に祝福を送った。
「…改めて結婚のお祝いを言わせてくれ。祝儀の一つとしてこの仮面は進呈する」
「ありがとう、ふふ、羨ましいですか?鳳珠」
「別に」
春麗はその様子をクスクス笑ってみていた。
「お前まで笑うのか?」
面白くなさそうに鳳珠が言う
悠舜と凜が春麗に目を止める
「初めまして、鄭州尹、柴凜様。戸部におります紅春麗と申します」
上官に対する官吏の礼をきちんと取ってから一度姿勢を戻し
「悠舜様、ご無沙汰いたしております」
と貴族の子女の挨拶をした。
「あなたが美しくなっていると言う話は燕青から聞いてましたが…すっかり大人の女性になられましたね、春麗殿」
「たしか…秀麗殿とは双子と聞いていたが…」
凜の言葉を聞いて、春麗が受ける
「はい。でもあまり似ていないみたいですね。私は母ににているようですわ」
「すごく大人っぽくてびっくりしたよ。秀麗殿の姉と言われても自然に思える」
「秀麗殿の方がどちらかというとおてんばで、春麗殿は見た感じ落ち着いているからでしょうね。それにしても…今日は泣かれなくてよかった」
悠舜が意地悪く言うと、春麗は真っ赤になり、鳳珠は笑い出した
「泣かれる?旦那様は春麗殿と何度かお会いしたことがあるのか?」
凜が不思議そうに尋ねてくる。
「あぁ、まだ春麗姫が、小さいお姫様だった頃にね。秀麗殿は覚えていないから、内緒にしておいてくださいね」
「今回も悠舜を見て春麗が泣いたら、また私が慰めるつもりだったんだけどな」
と鳳珠はいたずらっぽく片目を瞑ってくる
「もう、鳳珠様までおからかいになって…お二人とも嫌いです!」
春麗が子供っぽく、官服の袖で顔を覆ってぷいと拗ねたのを見て、また鳳珠と悠舜は笑った。
「黎深を任せられる人は後にも先にも百合姫だけですが…あの時は百合姫ほどの方は稀とはいえ、あなたなら他にもいくらでもお嫁さんの来手があると思ったのですけどね…こんなミナミボラボラ鳥が潰れたようなお面をかぶるようになってしまって…ところで、最近はどうなんですか?あなたの素顔に動じないお姫様が近くにいますが?」
言われた鳳珠は絶対零度の殺気をまとって言った。
「…悠舜、仕事の話できたのだろう?」
(ふむ…これはまだ何もないってことでしょうかね…まだ百合姫を忘れられないのか、はたまた鳳珠が奥手なのが出ているのだけか…)
悠舜が一瞬、少し悪い顔をしていたのに気がついたのは柚梨だけだった。
「ええ。元気そうで安心しました。会えるのをとても楽しみにしていたのですよ、鳳珠。何年経っても私の足を気遣って出迎えてくれる友人がいて、私は本当に幸せ者ですね」
不意打ちを喰らって怒気の矛先をなくした鳳珠は、珍しく素で詰まった。
「では、仕事の話をしましょうか」