茶都・月の宴−2
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「鳳珠、お帰りなさい。私は仕事に戻りますね」
さっさといなくなった景侍郎を少し恨みがましい視線で春麗は見送る。
(まだ鳳珠様と二人になるのはちょっと怖い…)
靴を脱ぎ、長椅子に足を上げて膝を抱えてギュッと小さくなる。
チラリと見ると仮面をつけたままの様子に、膝に顔を埋めてしまった。
「はぁ」
鳳珠はため息をついて、目の前にどかっと座り、仮面をつけたまま春麗の様子を見る。
しばらくそのままの状態だったが、鳳珠が立ち上がった気配がした。
春麗はもう一度ギュッと膝を抱え直してさらに小さくなる。
長椅子の横が沈んだと思ったら、そのままふわりと暖かい何かに包まれた。
少しぎこちなく背中に回った大きな手のひらの感覚と、よく知った、鳳珠の香りがする。
「さっきは言いすぎた、悪かった…」
というくぐもっていない声が聞こえた。
「春麗に何かあったら、と冷静でいられなくなった…お前の気持ちをわかっていたつもりで、何もできなかった自分が不甲斐なかったのを当たってしまったのかもしれないな。許してほしい…」
春麗は恐る恐る顔をあげる。
そこには、仮面を外した鳳珠が心配そうな顔をして春麗を見下ろしていた。
「鳳珠、さま…」
膝を抱えていた手をはなし足をおろすと、そっと抱き寄せられた。
「身体で痛いところはないか?」
背中を優しく撫でながら鳳珠が聞く。
こくん、と春麗は頷いてから
「あの、私も、ごめんなさい…」
と小さくつぶやいた
「鳳珠様が心配してくださっているのは、よくわかっているのです。でも、私は私で、自分もだけど秀麗を守らなければ…と思っていて…」
「・・・」
「それに、わたくしが周りに認められないと、この先の女人官吏制度が続かないでしょう?中央に残っているわたくしの役目だと思っているんです。それは羽林軍でも同じです。だから、もう少し続けさせていただけませんか?」
鳳珠はしばらく目を閉じて黙っていた。
そして、少し腕に力を込める
「本当はやって欲しくない。さっきも、お前が戦っているのを見て肝が冷えた。だが…春麗がそう言うのなら、もう少しだけ続けてもいい。基本的に鍛錬と勝負はなしだ。そこはわかっているな?」
「はい…」
「それから…秀麗が大事なのはわかるが、私はお前自身を大切にしてほしい」
春麗は少し遠くを見た。
「私は…生まれた時から紅秀麗のついで、ですから。世界は秀麗を中心に回っている」
「そんなことを言うな。決して紅秀麗を中心に回ってなどいない。現に私は、紅春麗を選んだ。春麗のためではなく、私のために」
ふっと春麗は鳳珠を見る。
優しいが力強い眼差しがそこにあった。
言葉の意味を推し量ることはできなかったが、それでも純粋に嬉しいという気持ちが湧いてきた
「…ありがとうございます。嬉しい、です…それから…助けてくださって、ありがとうございました。それも嬉しかった…」
春麗が鳳珠に抱きついた。
甘えるような仕草で思わず鳳珠の口の端が上がった
帰邸してから、鳳珠は瑞蘭に簡単に午のことを話し、入浴時の世話と怪我の確認、治療を頼んだ。
その間、持ち帰った仕事を手早く済ませてから、春麗の後に湯浴みをする
「春麗?」
室の外から声をかけたら、ぱっと春麗が出てきた
「鳳珠様!」
「怪我は大丈夫か?」
と言いながら、鳳珠が春麗の室に入る
「左腕以外は、大丈夫ですよ?」
「痣になっているところはなかったと瑞蘭から聞いているが、だいぶ筋肉に負担がかかっていると聞いた。少しほぐした方がいいだろう?」
と言って、鳳珠が腕をとる。
「え、そんな?」
答えを聞く前に、鳳珠が推拿を始める。
「前に…戦った後は気が立っていると言っていたが、今日は大丈夫か?」
「そう、ですね…だいぶ時間が経っているので今日は大丈夫みたいです。それに…鳳珠様が今も癒してくださっているでしょう?」
小首を傾げて聞いてくる。
「そうか…全身やってやってほしいか?」
意地悪く聞いてみる
「い、いえ!そうではなくて!!」
今度は焦ってあわあわしている。
(こういう姿を見ると年相応、という感じがするが…)
一見可愛らしくも見えるが、春麗は表情や仕草により、かなり大人びて見える。
(夜着というのもあるが…流石にまずいか…)
中途半端に右腕だけほぐして手を止めて、話を変える。
「次の公休日は何か予定があるか?」
「?特に何も…」
「なら、前に話していた、少し遠出をしてみるか。今なら落ち着いているし、明日の茶州州牧の就任式が終われば、すぐに鷹文が来るだろうから、おそらく数日すれば襲われることもないだろう。もう少し朝晩は用心して俥で出仕しろ」
「はい…では、わたくし、お弁当を作りますね。楽しみです…」