茶都・月の宴−1
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
遅い時間に女人の部屋へ向かう、ということは好まないが…と思いながら、瑞蘭の話が気になったのもあり、そっと春麗の室を覗き見る。
ほぼ真っ暗に灯りを落としていたが、寝台横の小机の上の分だろうか、室の奥がぼうっと光っており、寝台の隅にうずくまっているのか丸い影が見えた。
しばらく目を凝らしていると慣れてきて、少し震えているのがわかる。
廊下を照らしている置き灯籠を一つ手に取り、
「春麗、入るぞ」
声をかけてそっと身体を滑らせる。
ピクッと春麗は反応をしたが、膝を抱えて顔をうつむけたままだ。
その様子に拒絶の意図を汲み取った鳳珠は、少し考えてから近づいて、なるべく優しい声を掛ける。
「どうした?こんな時間まで」
「どうも、しないです…」
聞こえてきた声は普段よりかなり弱々しい。
「こんな時間に女人の室に入るのは悪いと思ったが…瑞蘭が心配していたのでな」
春麗は顔を上げずにふるふると首を振る。
どうやら、拒絶の意図は室に入ってきたことにはないと思い、鳳珠はホッと小さく一息ついた。
ゆっくりと手を伸ばし、そっと春麗の頭を撫でる
少しそうしていたら、ポロポロと春麗が泣き出した。
「春麗…」
若い女性の寝台に腰掛けるのは更にいかがなものか、とこれまた逡巡したが、このまま放ってもおけず、今はそばにいたほうがいいような気がして寝台に腰掛けてもう一度頭を撫でると、「ふえぇん…」と情けない声を出して春麗がしがみついて声をあげて泣き始めた。
そっと宥めるように背中を撫でる。
鳳珠は涙の原因を、昼間に黎深から聞いた茶州組がバラバラになってだいぶ経っている件ではないかと想定している。
ただ、それだけならばここまで大泣きすることもないだろう、とも。
どのぐらいそうしていただろうか、少し泣き声が落ち着いてきた頃を見計らって、
「どうした?」と声をかけてみる。
パッと顔を上げた春麗は、心配そうに、だが優しい眼差しで自分を見下ろす鳳珠と目があった。
しばらく見つめあっていたが、また鳳珠の胸元をギュッと握って顔を埋める。
「無理にとは言わないが…抱えられない思いを持っているなら、私が一緒に持とう。そうすれば、少し気分が軽くなるだろう?」
鳳珠の言葉の意味がよくわからず、もう一度顔を上げた春麗は不思議そうな顔をしていた。
「以前、私は春麗を守る、と言ったな。仕事の時だけではなく、また身体だけでもなくて、春麗の心も護る。お前が重い物を持っているなら、それは一緒に持とう。だから、今思っていることを話してみないか」
「・・・」
春麗は迷った。
すごく、嬉しい。
でも、”自分のこと”を話すことで、鳳珠に気持ち悪いとか嫌われたりしたくないという気持ちの方が強く出た。
それを知ってしまった、父親との関係のようになりたくなかった。
「鳳珠様には…嫌われたくないから話せません…」
子供みたいにイヤイヤをして顔を背ける。
(突然”嫌われたくない”というのがよくわからん…なぜそうなるのか…)
”嫌われる”ことを恐れている理由がよくわからないまでも、ここで話を終わらせるのは違う気がした。
いつか話してもらえる日が来るかもしれないが、今でなければ解決にならないだろう、と。
そもそも、何か変なことを言われてもそれで”嫌い”などという単純な話でもない。
「春麗、そんな心配しなくてもいい。どんな春麗であっても、嫌いになることはない。私の目を見ろ」
おずおずと春麗は顔をあげる。
鳳珠はじっと春麗の目を見る。
鳳珠の真剣な眼差しに、春麗の瞳が揺らぐ。
フッと表情を緩めて
「何か気になっていることがあるのだろう?言ってごらん」
と優しく問いかけた。
「…今日、茶州組がバラバラになってしまって、秀麗と他の4人に別れてしまっている、と聞いたんです」
ぽつり、と小さい声で春麗が答える。
「あぁ、私もその話は聞いている。別行動になってから少し経っているようだな。それで心配になったか?」
そっと一度だけ背中を撫でて、次の言葉を促してみる。
重い空気が続く。
蝋燭がジリ、と音を立てた時、意を決したように春麗が顔を上げて口を開いた。
「話したら、鳳珠様に気持ち悪いって嫌われてしまうかもしれないのが怖いんです…」
鳳珠は答えの代わりに、春麗の背中に当てていた左手を肩に回し、グッと抱き寄せる。
思いが伝わったのか、春麗は少し小さく息を吐いて、そっと目を閉じた。
「……理解していただけるかわからないのですが…」