茶都・月の宴−1
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このあと、仕事をするという鳳珠の手伝いを申し出たあたりで、カタリ、と音がした。
?
鳳珠にも春麗にも覚えのある気配。
揃って視線を送ると、物陰から、そっと黎深が出てきた。
「貴様また勝手に…」
鳳珠は青筋をたてる
「私のかわいい春麗が君の毒牙にかかっていないか心配でな」
「黎深叔父様…」
「春麗、大丈夫かい?」
黎深がものすごい勢いで寄ってきて抱きしめる。
春麗は呆れて答えた
「あの…大丈夫も何も!何もありません。叔父様こそ、お友達のお邸に勝手に入るのはおかしいと思いませんか?」
「う…」
鳳珠は心の中で拍手をした。
ずっとそう思っていたのだが、自分がどんなに言ったところで唯我独尊我儘大王の黎深には響かない。
黎深が他の人の言うことを聞くのは、邵可殿と悠舜と春麗しかいないと思う今日この頃である。
おそらく、秀麗の言うことも聞くだろうが、名乗っていない以上、黎深と直接話すことはない。
そしてそこに、自分は入っていないことを鳳珠は知っている。
「黎深叔父様、これから鳳珠様もわたくしも持ち帰ったお仕事があるんです。叔父様は”よもや”、”わたくし”のお仕事の邪魔はしません…よ、ね?」
「あ、あぁ、う、ん。しない、しないよ!」
「では、今日はお帰りくださいませ。今度来られる時は、前もって、鳳珠様にお知らせして正面から入ってくださいね」
有無を言わさない春麗に負けて、黎深は珍しくすごすご帰って行った
「なんだったんだかな、あれは?」
ちょっとした邪魔は入ったが、鳳珠は仕事をしに自室に向かった。
春麗もついていく。
黎深の気持ちもわからないでもないが、今は穏やかな気持ちで過ごしたい気分だった。
「あの…お近くにいてもよろしいですか?」
おずおずと聞いてきた春麗の頭にぽんと手を乗せて
「あぁ、構わない。おいで」
と鳳珠は春麗の手を引き、そのまま左隣に座らせた。
手を繋いだまま、鳳珠は仕事にかかり、仕事は大丈夫だからと言われた春麗は、鳳珠が勧めた本を読み始めた。
思いは明確な形にならないまでも、それぞれが少しふわふわとした時間を過ごした。
繋いだ手があたたかかった。
翌日、歩いて出仕するという春麗は、俥で一緒に行こうという鳳珠と一悶着あった。
「どうせ同じところに行くのだから構わないのではないか?」
「でも、新米が一緒に出仕したら、あらぬ噂が立てられて鳳珠様にご迷惑になります」
初めから想定していたことだ。
それで、珀明に朝の待ち合わせを頼んであった。
待ち合わせ場所を指定した時は、珀明はそれはそれは驚いていたが。
「一人だと危ない」
「用心棒として同期の珀明さんと約束してます!」
という一言で鳳珠が折れた。
ただし、すこぶる機嫌は悪かった。
待ち合わせ場所に行ったら、すでに珀明はきていた。
「おはようございます。珀明さん」
「おはよう…お前、本当に黄尚書の邸にいるんだな?」
話を伝えた時と同様、訝しげに珀明が言う。
「えぇ、そうよ」
「その…何か、関係があるのか?付き合っているとか…」
「えぇ??あはは、そんなのないわよ。昨日話した通りで、仕事のことを考えてお邸にいたほうがいいだろう、と言っていただいて、居候というかご厄介になっているだけよ」
少しだけ遠い目をして春麗は言う。
(なんだか口にしてしまうと寂しいような…??)
「独身の男の邸に年頃の貴族の姫が居候、ってすんなり納得いかないけどな。まぁ襲われないように気をつけろ」
「いやあね、そんな…黄尚書はわたくしのことはそんなふうにはご覧になってないわ。こんな小さい頃を知っているのよ?」
手を膝ぐらいの位置に当てて、説明をする。
(きっと…子供みたいに思っているんじゃないかしら)
大きな手でぽんぽんと頭を叩かれるあやし方を思い出して、微笑んでみたが、なぜかうまく微笑めなかった。