生まれた時のお話

 怖くて、苦しくて、悲しくて。子犬はキャンキャンと鳴きながら前足で顔を隠し、伏せてしまいます。

「――いいですか、◯◯」

 相変わらず人間は穏やかに話しかけてきます。

「貴方に大きな機会と任務を与えましょう」

 そう言って人間は震える子犬の、真っ黒に汚れてボサボサになった毛を撫でるように手を伸ばしました。
 不思議なことに、子犬の脳内に一人でうずくまっている女の子の姿が浮かびます。

「この子は命を失いはしなかったものの、ほとんど貴方と似たような境遇の中育ってきました」
「素質はあるのに、もう少しで花開く力強さがあるというのに、なかなか芽が出ないのです」
「貴方の任は、この子を通して衆生の『め』を育てることにあります」

 子犬には何の事だかさっぱり分かりません。
 分かりませんが、一人ぼっちで声も出せず涙も流せない女の子がとても可哀想だということは理解出来ます。
 だからどうにかして慰めたいと、傍にいって励ましたいと思いました。元気づけることならお手の物です。

「分からないけれど、僕はあの子を笑顔にしたい!」
「僕、あの子の傍にいきたい!」
「人間とイヌはお友達だって、パパさんが言ってたよ!」
「お友達なら、励ましに行かなきゃ」

 子犬が顔を上げ、元気よくそう言うと、目の前の人はたいそう優しくニッコリと微笑みます。

「○○。大事なことを教えてくれる人は身の回りに必ずいるのです」
「気の毒に思い、あの子には先を見通す力を与えましたが上手く扱えません」
「臆病になって目が曇っているのです」
「ですから、貴方があの子を導きなさい。少しだけ後押しするだけで構いません」
「衆生には元から乗り越える強さも、手を差し伸べる優しさも持ち合わせていますからね」

 子犬には目の前の人が言っている事が難しくて分かりません。分からないので、さっさと女の子の所へと走り出してしまいました。

「こんにちは!こんにちは!一緒に遊ぼう!」
「僕ね、君を笑顔にしに来たんだよ!」
「美味しいもの、沢山知ってるの!」
「何が心地良いのかも知ってる!」
「だから元気出して、ね?ね?」

 女の子の周りをチョロチョロと走り回りましたが、反応がありません。当然です、死んでしまっているのですから。
 しかし、女の子が眠っている間だけは夢の中で一緒に遊ぶ事が出来ました。そうしているうちに何年も何年も月日が過ぎ、女の子は女性へとすくすく成長します。
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