10日目

「――随分と立派に育ってきたねぇ」

 いつもの仕事終わりの時間帯。休み以外は夜にしかこうしてゆっくりと観察が出来ないのだが、なかなか立派に育ってきたと思う。背丈だって私の目線ぐらいの高さにグッと伸びたし、色が変わっているなと思っていた花弁もすっかりピンク色に色変わりをした。小さい頃に折った折り紙の花に似ているなと思いつつ、日課になりつつある水やりをする。
 あれから勝手に植え直されているという事は無く、相変わらずこの不思議な花は駐車場の隅っこでのびのびと育っている。ド根性野菜よろしく、何故こんな栄養もへったくれもない場所を選んだのか何も分からないが、少なくとも与え続けている肥料が良い方向へと働いているようで良かった。

「葉っぱのツヤも良くなってきたし、短期間でこんなに成長して痛くないのかな?私は小さい頃眠れないくらい成長痛酷かったけどな」

 しかし、まあ、相手は植物である。痛覚があるかどうか怪しいが、間違いなくそんな実験をしたら私が耐えられない。枯れた花を片付けるのも、散った花びらを踏むことも躊躇してしまうのだから。これを共感覚と呼んでいいものかどうかは分からないが、身の回りの人間であれ動物であれ植物であれ、そういった場面を目にするのは避けたい。
 新しく出てきた葉の大きさが自分の手の平よりも大きく、刃物みたいに細長くなってきたなと思いつつ、異変が無いかどうかを念入りに確認する。
 見た事の無い花がこうして屋外で立派に成長して咲いているのだ。害虫に葉を穴だらけにされたり、病気で枯れたりしたら困るし、専門家ではない初心者には手の打ちようがない。対策自体は検索するなり人に聞くなりすれば良いが、一般に出回っている植物ではないというのが本当に正しい対処をしているのかどうか、目の前のこの花がちゃんと元気になるかどうかという判断がつかなくて不安になる。

「……いや?対策出来てても、結局は植物次第なところあるし、あんまり過信しない方が良いな」

 改めて花と向かい合い、この花はどこが最終形態になるんだろうと思案する。花弁の色は変わったし、背はこれ以上大きくならなさそうだし、葉の変質を成長の最終段階と見て良さそうだ。大体植物の葉は光合成の為に面積を広げる目的があるものだが、この花の葉はそれを目的としていないように思える。
 葉は全部で4枚だし、内2枚の新しい葉は最初から生えている葉と比較すると形も硬さも違う。あと5日もあれば完全に変わってしまっている事だろう。一体どんな形、質感に変化するのだろうか。これも、色が変わった花弁同様要観察とした方が良さそうだ。

「……最初から花が咲いている状態で、もう10日ぐらいずーっと咲き続けてるけど、全然花弁散らないね……?生え変わってる、ってわけでもなさそうだし」

 ここでまたふと疑問が浮き上がる。観察すればするほど疑問が浮かび上がってくる。
 地面には生え変わって落ちた花弁らしきものは見当たらない。ともすれば、やはり最初から咲いているものがゆっくりと変化していると考えるのが自然だろう。散らない花なんてあるのだろうか。そう考えると、現段階で考えられる生息域が全く分からない。ヒマワリの原産地域とも違うし、熱帯地域の花の色に近い気もしたが、花弁の厚さも違うし、本当にこの花はどこから生えてきたのだろうか。
 分からない。分からないからこそ、考察し甲斐があるし、探求し甲斐があって楽しい。

「……うん、大事に大事に育てよう。そうしたら、色んなことが分かる筈だよね」

 些細な変化にも気づけるよう、これからの観察も注意深くしていった方が良さそうだ。私は一人そんな決意を新たにすると、早速記録を書き出す為に自宅の方角へと歩き出してその場を後にした。
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