3日目

 今日は仕事が休みなので、近所のホームセンターへと足を向けた。DIYをするような人間ではないので、仕事に使えそうな工具だとか、荷物を発送する為の段ボールを購入する時ぐらいにしか足を向けないのだが、今日は明確な目的がある。

「園芸……というか、ガーデニングコーナー?」

 店内をキョロキョロと見渡しながらジョウロだとか園芸用の肥料が置いてある一角を目指して移動する。久々にやって来ると、やはり耐水性の紙やすりだとか、砥石だとか、金属の研磨に必要そうな場所へ自然と足が向いてしまうので本当に気をつけないといけない。
 仕事が普段から忙しい為、植物を育てようとしても枯らしてしまうし、枯らしてしまった植物を見ると自分の不甲斐無さ含め悲しくなってしまう。だからいつぞや誕生日プレゼントでもらった花束以降は、花を買う事も観葉植物を育てるという事もしなくなってきていた。枯れた花をゴミ袋に入れるという事が、とても悲しいから。

「……こんなにアンプルいる……?いや、でも折角だしこれを機に家庭菜園始めてみるのも良いかもしれない」

 一番数や量が少ない観葉植物用の液体肥料のアンプルを手に、自宅のベランダで何か簡単な野菜を育ててみようかなぁなんて考えが脳裏をよぎる。ミントは確かワサワサ大量発生するとか管理が大変だと噂で聞いたことがあるから、後で色々と検索して調べて事前知識を叩きこんでから行動に移した方が良いだろう。
 そんな事を考えながらお目当ての物を購入し、ついでにコンビニへ寄って菓子パンとコーヒーを手にあの花の元へと足を運ぶ。
 イヤホンで音楽を聴きながら、ポカポカと気持ちの良い日差しの中歩道を歩いていく。気温も丁度良いし、千切ったような綿雲がところどころ浮かぶ青空は見上げていてこちらを爽快な気分にさせてくれる。このまま少し遠出してお花見なんて良いかもなぁなんて考えもあって、春は色んなワクワクが芽吹いて好きだ。

「――って考えると、やっぱり一輪だけヒマワリ?が咲いてるのはおかしいんだよなぁ」

 昨晩と同じ場所。違うのは時間帯。そして。

「やっぱりちょっとだけ植えられてる位置が違う。昨日は割と道路に近かったのに、奥の民家の方に移動してる」

 また誰かが植え直したのだろうか。こんな事は素人でも分かるが、こんなに頻繁に植物を植え直していると根が傷んでしまうことだろう。それに植物の方にも大きくストレスがかかっているに違いない。本来なら移動するなんてこと、種の頃に遠くへ運んでもらうくらいだろう。後は人間の意思で苗の状態で植え直されたりとか。
 あの花が移動している不思議について色々と考えを張り巡らせながらイヤホンを外して近づくと、一昨日までは膝くらいの高さだったと記憶していたのに、幼稚園児くらいの背丈まで急に成長していた。

「えっ、待って!?すごい!驚異の成長率じゃないコレ?!わぁー……!すごいすごい!すごいねぇ!」

 昨日はしょんぼりと萎れていたのに、こうも急に伸びるだなんて。まるで久しぶりに会った親戚の子供の背が伸びたことに驚いて喜びの声を上げる叔母みたいだ。ワクワクしながら近づき、鞄から水の入ったペットボトルを取り出しもたもたとキャップに取りつけるタイプのシャワーヘッドを取りつける。
 水は土が湿る程たっぷり与えるのが良いだろう。ニコニコしながら続けて液体肥料を根元に刺す。

「こんなに伸びるって事は強度が上がっている筈……。お、簡単には折れなさそうな硬さ。竹に及ばないけど」

 茎を触り、しなり具合をはかる。続いて他に変わったことは無いだろうかと観察を続ければ、左右の花弁が二枚ずつ色濃くなっているように見えた。よーく見てみると、下からピンク色が浮き上がってきているようだ。品種によってはマダラ模様になったり、色が混ざったりといった色合いの花も珍しくないし、この花もその類なのだろうか。

「……おぉ。新しい葉っぱが生えてきている」

 続けて新しい葉が生えてきているのを発見。浮足立つ私と同じく、この花も春の陽気に当てられてワクワクしながら背伸びをしているのかもしれない。そう思うと何だか急に親近感というか、親しみがわいてきて、買ってきたメロンパンを半分こしたくなった。
 流石にそんな事は出来ないので、「ふふふ」と含み笑いする事しか出来なかったが。

「すごいね、頑張ってるね。……私も見習わないとなぁ」

 頻繁に植え替えられても、こんなに逞しく成長している花があるのだ。ピンと真っ直ぐ伸びる姿に自然とこちらの背筋も真っ直ぐになる。
 いつも観察している夜と違って、日の光を浴びるこの不思議な花が普通のヒマワリのようにキラキラと輝いて見えた。
 吸い込まれるような魅力に何だか目が離せなくて、私はとりあえず冷めかけたコーヒーに口をつけるのだった。
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