2日目

 ――昨日の今日で、そう大した見た目の変化は無いだろうと思いながら、あの花が咲いている通勤路を通る。朝はいつも急いでいるから、道端の様子を気にしている余裕が無いという事で成長する過程を見逃していたのかもしれない。
 そう思いながら再び仕事の帰り道に、名前も分からないあの花の姿を探す。

「あった!」

 ヒマワリみたいな小さな黄色い花。花芯が口みたいになっている、少しだけ不気味で不思議な花。確か、数軒先の駐車場と、民家のブロック塀との境目辺りに咲いていたと思ったのだが、気のせいか咲いている場所が変わっている気がする。しゃがんで、じぃっとその花を見つめる。

「……あれ?少しだけくたっとしてない?お水が欲しいのかな」

 触るのはあんまりよくないかなと思いつつ、手を伸ばして花弁に触れる。首が少しだけ地面に向いていたので、しょんぼりとうつむいているように見えたのだ。元気がない。そういえば最近夜に雨音も聞こえなかった事だし、開花した事で溜めていたエネルギーが残り少なくなっているのかもしれない。きっと栄養が足りていないのだろう。
 背負っている仕事用のリュックから何か水の代わりになるようなものは無いだろうかと、ゴソゴソと中身を漁ってみるのだが飲みかけのお茶が入ったペットボトルしかなかった。流石にこれを水代わりに上げる訳にはいかない。

「……明日お水をあげるからね。あ、そうだ。ミネラルウォーターの硬度で花の育ち方って変わるのかな?」

 ちょっと贅沢かもしれないが、与える水の硬度で成長度合いに何か影響があったりするのだろうか。試してみたい気もするが、まずはこの花に元気になってもらわなければいけないだろう。明日はお休みな事だし、ホームセンターの園芸コーナーで液体肥料のアンプルと、水やり用の小さいジョウロでも買おうかなと考える。ジョウロに関しては確かペットボトルのキャップに取りつけるタイプがあった筈だ。
 それに、時間帯を変えてまたこの花を観察し直したい気持ちもある。写真を撮るなり、スケッチを描くなりするのでもいいかもしれない。

「明日の朝にホームセンターに行って、お水と肥料を……。あ、鉢植えに植え替えて目立つようにした方が良いのかな?いや、ネームプレート刺して目印にした方が良いかも」

 疲労で記憶力がおかしくなっていたのかもしれないという可能性を考えつつ、昨晩目にした位置と、今植わっている位置が変わっていることを不思議に思う。昨日よりちょっとだけ自分の家がある方向に近づいているだなんて、そんな。きっと誰かが育ちやすい位置に植え替えたのだろう。そう考えた方が自然だ。

「……うん、ホームセンター行ってから考えようかな。明日はお家を用意してあげるからね」

 誰かが引っこ抜いて持ち帰ってしまわないよう、自宅に持ち帰ってゆっくり観察しようかな。そうした方が……いや、そうしたいなぁ。誰にも取られたくないなぁなんて、ふとそんな事を考えてしまう。
 立ち上がって足を伸ばすと、ふと、弱い風が吹いて私の髪と小さな黄色い花を揺らした。少し身をかがめ、握手をするように葉の先を少しだけ摘まんで軽く上下に振る。

「また明日ね。バイバイ」

 名残惜しさにチラチラと後ろを振り返りながら帰路につく。こちらを照らす街灯の明かりが、ほんの少しだけあの小さい黄色い花の口を歪ませて、笑みを浮かばせたように見えた。
2/2ページ
スキ