【報告書】

「――その後体調の方はどう?」
「身体の方は何も悪い所は無いんですが、お医者さんからは『いきなりフルタイム働くのは以前と同じ状況に戻ってしまうから駄目だよ』って言われました」
「……ふむ」
「それで、勤務時間、復帰後の業務内容、総務に提出する必要書類等のご相談をさせていただきたく……」
「成程ね」

 源内は異動前に前室長から話を聞いていた通り、真面目で純朴そうだという印象を受けた。
 復帰後、スムーズに業務に取りかかれるようこうして相談へ来る辺り、仕事に関しては真摯に向き合っていると評価しても良い。

「……夢原さんは、」
「はい?」
「休職前に自分が何の研究をしていたか覚えてる?」
「……それが……入院前後というか、入院中の記憶も定かでは無くて、色んなこと覚えてないというか、思い出せないんです」

 夢原は心底困ったように眉尻を下げた。
 揃えた膝の上にきちんと置いた手をギュっと握りながら、会話しつつも何とか思い出そうとしている様子だったが、源内はそれ以上思い出させないように「きっと心の防衛機能が働いてそうなっているんだよ」「強いストレスがかかっていたんだね」「前室長から君の事は責任感の強い人だと聞いていたし」と優しく遮った。

「……これ本当に復帰後でも私お役に立てますか?」
「それを考えるのが上の仕事。心配はしなくてもいいよ」
「……」
「総務に提出する必要書類は俺の方で揃えておくから、夢原さんは主治医の先生から診断書を貰ってきてね」
「わかりました」

 源内は夢原の表情や様子を細かく観察しながらそれとなく話題を別な方向へと誘導すると、事務的な手続きの流れに意識が向いたのか、彼女は手持ちの鞄から手帳を取り出し、産業医との面談日時の日程やら書類の提出締め切り日はいつまでか、他に連絡が必要な手続きはあるのかどうかといったことを細かく書き込んでいた。

「……早く職場復帰したい?」
「知らない事を知るのが私の仕事ですから」
「……そう」
「知識を追い求めるのが私達に必要な素質で、得た知識をどう活かすかが私達の仕事で、それを後世に正確に伝えていくのが私達の義務です。……少なくとも、私はそう考えていますよ」
「成程ね」

 好奇心が押さえられないといった無邪気なオーラを放ちながら、初めて見せる満面の笑みに源内はつい視線を逸らした。
 前室長も似たような事を言っていたから、きっと大きな影響を受けているのだろう。素直な分、これは可愛がられるのも無理ないなぁなんて考えが頭をよぎる。
 夢原が無理をしないようにという名目で、今後の経過観察の為に連絡先を交換する。

「――それじゃあ、色々準備が整い次第追って連絡するよ」
「分かりました」
「復帰したら何日かは俺のデスクで事務作業とかかな。分かってると思うけど、変に寄り道して実験途中のやつ触ったり、コンプライアンス違反になるような事しちゃ駄目だからね」
「……同僚の方とか、食堂に顔を出すのも駄目です……?」
「悪い事は言わないから、今日はもう真っ直ぐ帰りなさい。復帰後一緒に挨拶回りするのでも十分間に合うし」
「それもそうだ」
「はい、お疲れー」

 源内のその言葉にストンと納得したのか、手早く身支度を済ませ、夢原はさっさと部屋から出ていく。
 研究室から施設の外へと通じる出入り口まで真っ直ぐ進んでいくその後ろ姿を確認すると、源内は自分のデスクへ戻って椅子に腰掛けるなりドッと疲労感が押し寄せてくるのを感じた。
 いくら何でも、これは業務外労働の範囲だ。
 なんて思いながら。

「……あの子が事件の加害者? 絶対虫一匹殺せないだろ」

 いや、むしろ虫一匹殺せないからこそ・・・・・・・・・・・あのような事態になってしまったのか。
 上司へ報告する為に、客観的な立場の人間である自分が事件の情報をまとめているのだが、こんなのは警察の仕事なんじゃないのか。何故社内で解決しようと動いているのかが分からない。社会的立場の為なんて言うのなら、どうかしている。即刻辞表を叩きつけて別企業の専門枠に就職してやりたい気分だ。
 源内は先程までぼんやりと眺めていた作成途中の経緯報告書の文面を見て、再び深いため息を吐いた。
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