1ヶ月目

 ぽたぽたと血が切断面から滴り落ち、ぴちょん、ぴちょんと足元で出来た血だまりでリズムを刻んでいる。
 あまりにも現実味の無い光景に数秒遅れてから吐き気がグッとこみ上げてきた。
 が、この場で嘔吐するわけにも、吐き出すものがある程胃の中に何か物が入っているというわけでも無く、思考停止したまま吐き気を堪え、頭の無い物体から手を離すといったことも出来ず立ち尽くす。

「――あーあ、もうちょっと楽しめると思ったのになぁ」

 不意に聞き慣れた声がしたので、ハッと視線を上げ声が聞こえた方向へと顔を向ける。
 明るい色の茶髪。垂れ目で優しい印象を与える目元。少しのんびりしたような口調。縺ッ繧九″お兄さんだった。

「、っぁ、あ、縺ッ、縺ッ繧九″、縺ッ繧九″お兄さん、」
「んー?どうしたの螟「さん、そんな青ざめた顔して」
「ねっ、ね、ねこちゃ、あの、わっ、わ、わた、私、ちが、」
「そうだねぇ、ねこちゃんだねぇ」

 縺ッ繧九″お兄さんはなんてことの無いようにいつもの様子のまま私の方へと近づく。
 まるで私の手の中に有るものが見えていないようだ。

「で、螟「さんいつまでその死体・・抱っこしてるつもり?」
「私じゃない! 私が、わっ、私がやったんじゃない! や、やってない、やってないよ!!」
「うん、知ってる」

 ガタガタと手どころか全身まで震え始めたが、首から上の無い猫の死体から手を離して落とすといったことも出来ず、かといって胸に抱きかかえるといったことも出来ず、頭の無い猫は私の手に支えられ体を宙にぶらりと浮かせている。
 狼狽え、泣き出す私を他所に縺ッ繧九″お兄さんは興味深そうに私をじいっと観察していた。

「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「どうして螟「さん謝ってるの?」
「だって、猫が、私、私のせいじゃなくっても、猫が死んでるんだよ……?!」
「うん、死んでるね」
「縺ッ繧九″さんは、どうしてそんな、」
「んー?」
「こ、恐かったり、悲しいと思ったりしないの……?!」
「……だって俺がやったんじゃないし」

 それは確かにそうなのだが。違うのだ。論点が違うのだ。
 目の前の男性はその感覚がどこかずれているような気がした。
 私が知っている彼じゃない・・・・・・・・・・・・
 目の前のこの男は一体誰だ・・・・・・・・・・・・
 ぐらりと視界が揺れる。ぐわんぐわんと世界が踊る。
 が、どうにか踏ん張り、目を回しつつゆっくりとしゃがんで鳴かない猫を胸に抱きかかえた。
 あぁ、まだかすかに温もりが残っている。
 一体誰がこんな残酷な事をしたというのだろうか。さぞかし痛かっただろうに。
 助けられなくって、ごめんなさい。

「大丈夫?」
「……」
「大丈夫じゃなさそ。無理もないか」

 縺ッ繧九″お兄さんは私から視線を外すと、カラッカの方へと歩き出しながら「だって、螟「さん面白いけど真面目ですごく優しいもんねぇ」と呟いた。
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