17日目

 あの花が無くなってしまってから、駐車場へと寄る理由が無くなってしまった。そもそも普通寄る理由なんてないのだけれど、花ひとつないだけでこんなに寂しい気持ちになるとは思わなかった。枯れていく姿まで観察記録に残していないからかもしれない。
 なんとなく、他界した祖父や父のことを思い出してしまう。溜め息を吐きながらチラと駐車場に視線を向けてみれば、若い男性が何やら作業をしていた。見慣れない後姿だったので、最近近所に越してきたのだろうかなんて予想を立てながら通り過ぎようとした時だった。

「――んー、ここで良かったかな」

 ことりと物音がして、黄色い花弁が視界の端に映ったのは。黄色い花弁と、ピンクの花弁が2枚づつ交互に並んでいる。全長はそれほど高くなく、花に近い方の葉は金属の鎌のようで、冬から目覚めたばかりの春という季節にはあまりに不自然な花。私がずっと観察記録をつけ、大事に育てていた花がそこにあった。
 
「あー!」
「うお、びっくりしたぁ……」
「あ、あの!」
「はい?なんでしょ」
「そのお花、どこから持ってきたんですか?!」
「このお花?」
「そのお花」

 思わず大きな声を出してしまい、そのままツカツカと相手に近寄ると、私は「花をどこから持ってきたのか」と相手の男性に尋ねた。男性はのんびりとした声で「あー……」と会話と会話の間を繋ぐよう口にすると、私と自分が置いた植木鉢を交互に見る。
 花のことは勿論気になるが、どういった相手が、どこからこの花を持ってきたのかという点も気にして観察をしなければいけない。どこかの企業の研究職員であれば問い合わせるなり通報をするなり、直接この男性から少しづつ情報を引き出すなりをしなければならないだろう。
 こんな時自然な会話をどう繋げていけば良いか分からない。トラウマから極力異性を避けていた事が仇になるとは。いやしかしそうも言っていられない。

「えっと、ここで大事に育てていたお花と似ていたので……どこから持ってきたのかなぁって」
「……ふむ。どこから……どこから、ねぇ」

 相手の男性は鉢植えを置くと立ち上がり、顎を指で撫でるような仕草をして、花の方へ視線を向けつつ何やら考えこむ。
 外見年齢は20代前半。衣服に多少の土汚れあり。きっと汚れても良い服装で、この花を鉢植えに植え替えてわざわざこの場所まで運んできたといったところか。そう考えると周囲に自転車や車といった移動手段が無い事だし、移動かつ行動圏内は100m程と推定。

「お姉さん、気になる?」
「すごく。すごぉぉぉく!」
「ふふふ、そっかー」
「見た事のないお花だったから、生態が知りたいと思って記録つけてたからね」
「……」

 相手の男性は口元に手を当てて隠すように笑ってから、私の方へと体の向きを変えた。色が明るい茶髪なので、垂れ目で優しい印象を与えつつもきっとヤンチャなのだろうなと思った。

「この花ねぇ、『カラッカ』って言うんだよ」
「からっか」
「そう。『カラッカ』」

 耳馴染みの無い名前だ。何が名前のモチーフになっているのだろう。
 私が花の名前について意味を考えていると、相手の男性はこの花の観察の記録をしていたという私に興味を持ったのか簡単に自己紹介をしてから尋ねてきた。

「俺ねぇ、■■■■■■っていうの」
「■■■お兄さん」
「お姉さんは?」

 こちらも簡単に自己紹介をし、相手が聞きたがっているであろう今まで記録して分かった事をざっくりと話して聞かせる。■■■さんはニコニコしながら私の話を興味深そうに聞いていた。こんなにすんなり変な観察記録の話聞いて頷いているとか怪しすぎる。やっぱりこの人は何かあるかもしれない。変人なのかもしれない。

「それでね?」
「はあい?」
「●●さんが最初に育てていたカラッカはね」
「はい」
「あれ平均寿命が短くて、すぐに土に還っちゃうんだ」
「土に還っちゃうのォ?!」

 あんなにゆっくりと時間をかけて丁寧に育てていたのに?!
 そう言って悲しみの余り私が少し大きな声を出して驚いてると、■■■さんは声を上げて楽しそうに笑っていた。ケラケラと笑い、「いやぁ、●●さん面白いなぁ」なんて言葉を漏らしている。何がそんなにおかしいのか分からなかったが、その後少しだけまた話をして、解散する流れになった。
 このまますんなり別れる訳にはいかない。折角この『カラッカ』についての手がかりを見つけたのに。つながった縁を切るわけにはいかないと考えていると、私はスマホを取り出して電話帳やらSNSの友達や連絡追加の項目を開いていた。

「折角ですから連絡先交換しましょう!」
「いいよぉ」
「……■■■さんは、見ず知らずの女とこうも簡単にホイホイ連絡先交換しちゃいけないと思う。もっと警戒心持たないと」
「ちゃんと注意してくれる●●さんなら大丈夫かなーって」
「だいじょばないねぇ。……でもまぁ、それに関しては私も同じか」
「そゆことー。はい、登録完了っと」
「あざます!」

 おたがいゆるい会話をしながら、こういう関係性は何と表現した方が良いのだろうかと考える。考えて、お互いに興味を持って健全ならまあいいんじゃないかと思い直す。

「……あのぉ……多分文面でやり取りするより直接お聞きする事が多くなると思うので、明日もまたここでお会いできませんか……?」
「いいよー」
「いいのぉ?!」

 どうしよう。あの花、じゃなかった、カラッカについて色々分かるかと思うとすごくワクワクドキドキしてきた。今夜はちゃんと眠れるといいなぁ。
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