15日目

 ――あの花の観察日記を始めてから、早くも半月ほどが経過している。今度こそ大事に育てようと意気込み、肥料やら水やりやらに細心の注意を払っていたおかげかもしれない。
 新しく生えてきた葉はあれから2日で草刈り用の鎌のような形に成長した。どうしてそんな事になるんだろうと不思議でしょうがない。不思議で、謎で、やっぱりこの花って観察のしがいがあると思った。
 成長した鎌のような葉っぱの記録の為に詳細をメモする。材質は触れた感じ普段使い慣れている包丁のように、ステンレス製じゃないかと推測。そのような材質であれば洋包丁のような両刃になっているものと思っていたのだが、指の腹で撫でるように触れてみれば片方にだけ角度がついている片刃のつくりになっている。この刃の付け方だと、きっと専門職の人間にしか良し悪しが分からないだろう。

「……返しはついてるけどコレ裏からも軽く研がなきゃ切った食材の断面からドリップ出るぞ?しかも中砥止まりっぽいし、現場で使う分にはまだ良いだろうけど見てくれが美しく無い。仕上げで鏡面までにしろとは言わないけど、軽く2000番代で仕上げて金属磨き粉で磨いた方が絶対良い」

 仕事を思い出しながら、「錆びないなら手入れも考えてステンも良いけど、やっぱり切れ味重視でいつかは青鋼欲しいなぁ。良いよなぁ。お金貯めて欲しいなぁ」なんて、別の材質の事だとか、道具についてホワホワと考える。
 包丁に刃を付ける練習をこの葉っぱで出来ないだろうか。いやいや、しかし元は植物なのだ。こういうのはやはり安い包丁を一本犠牲にしてでもちゃんとしたもので練習をして、経験を身につけていくものである。

「…………いやそもそも植物の葉っぱが金属の鎌になるって何?どういう事?何が起きたの?」

 ついつい自分の仕事の方へと思考が引っ張られていたが、こんなのは明らかに変だ。硬い葉といったらススキや笹のような質感の葉を思い浮かべるのだが、ああいう葉は光沢と表裏の手触りに特徴があって、縁でうっかり指を切ってしまうというものだろう。しかし今手にしているこの葉は違う。この花は何か違う。葉が途中から完全に金属のような音と重みであり、質感なのである。
 自然界の植物に、そんな変化ははたして必要だろうか。絶対にいらない。そもそもの話、葉を金属のように変化させる利点が無い。それなら食中植物のようにタンパク質を消化する分解酵素のある分泌液を出して、エネルギー源を逃がさないようにすれば事足りる筈なのだ。植物は地に根を張るのだから、その場から動けないし、そうやっておびき寄せた後どうやって自分の養分にするかが重要では無いのだろうか。
 と、考えるとやはり本来生息しているであろう原産地域が特定出来ない。この花は、この植物は、ツギハギだらけの合成獣キメラみたいに全てがバラバラの特徴を持ち合わせている。
 誰がこの植物を植えたのか。
 誰がこの植物を生み出したのか。
 誰がこの植物をこんな姿にしたのか。
 少なくとも何かしら理由があって、生き残る為の進化としてこのような見た目と成長に繋がっていると見ていい筈なのに。

「……貴方はどこからやってきたの?」

 不意に口から飛び出した言葉。無意識だったが、確かにそうなのだ。変異種すぎる。こんな植物が自然発生するのはあまりに不自然だ。人工的に生み出されたなら研究室で厳重に管理されていなければ、「生物の多様性に関するカタルヘナ条約」に触れるのでは無いか。
 だとすれば私は、これはどこに通報をした方が良いのだろう。やはり鉢植え等に植え替えて隔離をした方が良いのだろうか。
 分からなくなってきたし、もしかしてとんでもない事に巻き込まれているか、犯罪の片棒を担いでしまってはいやしないだろうかと胸の内がザワザワする。
 ここまで育ててしまった私にも責任の一端があるのでは無いだろうか。分からない。恐い。でもこの花には何の罪もない。どうしよう。
 無慈悲にも時間は刻一刻と過ぎていくし、こうしている間にも生態系に何らかの影響があると思うと私一人ではどうしようもない。どんな専門家、どんな専門機関に頼ればいい。

「……落ち着けおちつけ。えっと、えぇと……まずは、お家に帰って、通報先を調べる」

 違法な植物に関する通報先、もしくは専門機関への連絡先を調べることがまずひとつ。

「記録はしていたから、提出すれば多分何らかの役には立つはず」

『大人の自由研究って楽しそう!』という単純な理由で書き始めたものだが、もう四の五の言っていられない。何が問題かを洗い出す為にも、素人の私では無く植物や生物学に精通した専門の方に任せた方が良いだろう。

「隔離は……鉢植えが無いから明日の休憩時間に買いに行って、それで植え替えてお家に持って帰ろう」

 こうしてはいられない。急いで家に帰って段取りを組まなければ。
 いつもの別れ際の挨拶をする事もせず、慌ててその場を離れるのだが、風にゆらゆらと揺れる花を見て、どうして簡単に手放すことが出来ようかと悲しく苦しくなった。折角こんなにも日々が楽しかったのに。
 翌日。今日に限って仕事が忙しくて、当初予定していた通報だとか植え替えなどが出来ずに例の花がある駐車場へ向かう。

「……えっ?」

 ――私が大事に育てていた花は、跡形もなく消えていた。
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