ぼやき
暗い話しです(9/23)更新履歴にのせないよ
2025/09/23 22:56「暗い話」シリーズ
暗めの話でしかも長いので、読みたくない人はスルーしてください。
とりとめもなく、書いてます。まとまりはないです。
何日か前、「小説家を目指すのを止めよう」と思った。これを思ったのは人生何度目かのことなので、またひっくり返るかもしれないけど……。
「短編でも中編でも長編でもいいから、年に一度は何かの賞へ応募することにして、あとは好きにしよう」と思っています。
解放された気分です、夢の呪縛から。本が好きな子供だったわけではなく、文章も上手い子供ではなかったのですが、自分が考えた物語を出力する媒体として小説が最も良い、と思ったので小説家を志したんですよね。もう二十年以上前のことか。その前は漫画家になりたかったです。絵が全く描けないクセにね。
プロを諦めた理由はいろいろありますが、まあ、自分が書きたいジャンルと、自分の年齢が合わなくなってきてること。ずいぶん長いこと夢を温めてきたクセに、賞で一次選考通過したのがつい最近で、一回だけなこと(その、一回にすら手が届かずに苦しんだ時期が長かったけどな)、カ◯ヨムで「この人こんなに上手いのに書籍化できないの?! 流行に合わないから?!」「この人本出してるのに、それでもまた賞へ応募してるの?! 出版業界はそんなに厳しいの?!」と、絶望を感じることが何回かあったこと。等かな。
あとは、単純に疲れました。
今から二十年以上前、小説家になるために小説を沢山読み始める日々が始まると共に、拙く楽しく苦しい、創作の試みが始まりました。
自分が考えた物語を出力したくて、小説家を志した。そのきっかけをたどると、小中にかけてのいじめのせいです。
物理的な暴力はいっさい無かった。言葉の暴力でした。でも、私の精神は数年にわたるストレスでズタズタにされました。今でも心に後遺症は残っています。現在は基本的に電車を使わない生活をしてますが、学生時代に通学で使っていた時、全く関係ない男子数人のバカ笑いの声がすると、本当に怖かったし怒りが湧いてきた。たぶん今も、電車に乗ったら体が同じような反応をするかと思います、確実に。
いじめられていた当時、先生に二、三回訴えた記憶があります。でも何も変わりませんでした。これは先生が悪いとかではなく、子供に限らず人間には「こいつは攻撃していい、下に見ていい」と認定したら何処までも残虐になるものだからですよ。私にもその残虐性はある。一度集団の中で張られたレッテルは、剥がすのはほぼ無理。
振り返っても不思議なのが、家族にも相談しなかったし、不登校にもならなかった。風邪を引いたとき以外は、学校へ行ってました。うーん、ここから私の処世術として「嫌なことがあったらひたすら忍んで耐える」が基本的なやり方になったんだよね。それのせいで、後からひどい目に合うわけですが……。
要は小説家になる夢は、現実から逃避するための輝かしいシェルターだったのです。オタク趣味もね。確実に、あの頃の私にとって、その夢は必要だった。生き延びるためには、自分を守るためには必須のものだった。
私のあやまちは、生き延びるための夢が、手に入れなければならないトロフィーになってしまったことかな。
いろいろ考えたんです。不思議だったんです。どうして、小説家になる夢を諦めることができなかったのか。
だって、夢を持ったのは義務教育期間中だったのに、10万文字近くの長編小説を初めて応募できたの、就職してからですよ? 高校大学と、夢を持っていたはいいものの、書く能力が全く無かったんです。大学四年間の間、短編とかは多少書いてましたが、長編を一度も仕上げられなかった。最高で三万文字前後かな?こんな惨状なら、普通諦めますよね?
書けない、そのことに気づいてはいましたが、諦めることは出来なかった。創作の泉が枯渇しているのもわかっていた。それでも諦めることが出来なかった。
何でなのか……去年だったか今年だったかに、ようやく自分なりに言語化できたんです。
小説家になることは、私が手に入れなければならないトロフィーなんだと、無意識のうちに設定していたからだと。
いじめられていた私は、現在進行系でまだ傷ついてる、泣き叫んでる、怒ってる、恨んでいる。
そんな自分を救うためには、奴らを見返してやるしかないんです。そうしないと、あの時の私は救われない。
見返すことは、何回か出来ました。希望していた高校に受かったこと(いじめてきた奴ら全員より、高い偏差値の高校だったんです。あれはめちゃくちゃ気持ち良かった)。新卒の就職先が、当時の私の価値観としてはかなり良いところだったこと。
「私はこういうことが出来た!お前らよりすごいんだ!ざまみろ!」と、一人で心の中で言うために、私は「心の中で、奴らをギャフンと言わせる外的なトロフィー」を求めてました。
なぜか。過去の私の心を救うために、絶対に必要だったから。みじめで傷ついた私を救う手段だったからです。
まあ、私が一度描いた理想を執拗に追い求める頑固な性分なのも、あるんでしょうけどね。
で、思春期のオタク女子特有の可愛らしい夢だったはずが、傷ついた過去の自分を救うためには必須のモノへと変わって行ったんですよね。
とある人から「あなた完璧主義じゃない?」と言われたことが何度かあります。私は完璧主義のつもりはありません。ただ、理想がかなり高く、欲深く、足ることを知ることはない、という側面はあるかなと思います。関係ないですが、以前占いで「現実主義のわりに夢見がち、もしくは夢見がちのわりに現実主義」と言われたことがありました。これもすごくしっくりきたなあ。
そう、だからね。自ら設定したトロフィーが、自分の得意な能力の先にあるならまだよかったんですよ。
私、小説を書く能力、無かったのに目指したのよ。無理やり己を鍛えたのよ。そりゃあ、辛いに決まってる。
ほっといても物語が(もしくは文章が)ほとばしって書いちゃうのだ〜、という人が、そもそも小説家に向いてると思う。私が目指していたジャンルは特に、それが必要。私はそうじゃないの、ハッキリ言って。しかも、流行を追いかけて書くこともしなかったし。能力も努力も足りなかった。私は、その器ではなかった。
……ただ、無理やり鍛えた果てに、確実に上手くはなりました。「過去の自分より上手いかも?」と初めて強く実感したのは、小説家を志してから十年過ぎていた。そして二十年は過ぎましたが、一次選考も通過できました。しかし、通過したその長編で、己の創作の限界も見えたんですよね。
トロフィーを目指して、私は「失敗」しました。
夢につまずいても、叶えられなくても、どうにか大丈夫なように、人生を歩いてきたつもりだったんですけど。
私の理想は高く、外的なトロフィーでしか己を救えないと囚われ、手に入らない現実に苦しみ、他者を妬み。
社会は厳しく、自分なりに頑張ったつもりだけど社会人としては根性がやはり甘く、内心不満だらけなのに何らかの行動をすることもなく、疲弊してひたすら家にこもりそれを情けなく思い。
元スクールカースト下位の私は、元スクールカースト上位(と推測される)同じ部署の人の理不尽な態度に文句も言えなかった。
仕事が出来なさすぎて、上の人にかなり嫌われたこともありました。それはまだいいとして、当時アラサーのいい年こいた、仕事場でしか付き合いのない人に「こいつなら何言ってもどんな態度をとってもいい」と突然認定されるとは思わなかった。反論出来なかった私も大概ですが、そういうことしてきた向こうも大概だと今なら思う。
個々人のフィジカルの強さに頼りきったあの部署、辛かったなあ。私の主観では人数に対してかなり仕事が多いのに、唯一仕事の裁量権を握ってた上司は、自身も疲弊してるのにフィジカルが強すぎる人だから、たぶん私の気持ちを理解してなかっただろう。これから先も一生理解することもないだろう。下手したら、「自分は悪くないのにどうしてか恨まれてる」とか考えてる可能性まである(私は、そう妄想してしまう)。たぶん特定には至らないので書いてしまいますが、今でも強烈に恨んでるその上司、かなりの確率で発達障害だと思います。たぶん、A◯HDとA◯Dの混合型。まあ本人に全く自覚なさそうなので、これからもマイペースで生きてくのだろう。反吐が出る。
社会人として私がかなりの甘ちゃんだったことは認めます。自分なりに頑張りはしたつもりですが、自覚は薄かったな。社会を泳ぐごとの厳しさ、仕事への責任感も、他の人より薄かったなあ。
再三繰り返しますが、自分なりには頑張ったつもりでした。周りはどう見ていたか知りませんが。
あら、話がズレたなあ……。
まあ、要は、理想が高すぎる欲深い私は今、人生に「失敗」したと挫折し、傷ついてる最中なのです。
外的トロフィーは欲しい。過去の自分を救うために(いや、今の自分もか)。でも、求め続けるのは辛い。もう疲れました。
外的トロフィーが手に入らないなら、私はどうやって過去と現在の自分を慰めればいいのでしょう。
なんかもう、記憶喪失になりたいですよ。それで私の若さも失った時間も戻るわけないのにね。
はい、私に元気があれば、この「暗い話」シリーズは続けようと思います。
紙の日記帳に書いてもいいんだろうけど、ネットに書くのもアリかなと、今は思えるので。
とりとめもなく、書いてます。まとまりはないです。
何日か前、「小説家を目指すのを止めよう」と思った。これを思ったのは人生何度目かのことなので、またひっくり返るかもしれないけど……。
「短編でも中編でも長編でもいいから、年に一度は何かの賞へ応募することにして、あとは好きにしよう」と思っています。
解放された気分です、夢の呪縛から。本が好きな子供だったわけではなく、文章も上手い子供ではなかったのですが、自分が考えた物語を出力する媒体として小説が最も良い、と思ったので小説家を志したんですよね。もう二十年以上前のことか。その前は漫画家になりたかったです。絵が全く描けないクセにね。
プロを諦めた理由はいろいろありますが、まあ、自分が書きたいジャンルと、自分の年齢が合わなくなってきてること。ずいぶん長いこと夢を温めてきたクセに、賞で一次選考通過したのがつい最近で、一回だけなこと(その、一回にすら手が届かずに苦しんだ時期が長かったけどな)、カ◯ヨムで「この人こんなに上手いのに書籍化できないの?! 流行に合わないから?!」「この人本出してるのに、それでもまた賞へ応募してるの?! 出版業界はそんなに厳しいの?!」と、絶望を感じることが何回かあったこと。等かな。
あとは、単純に疲れました。
今から二十年以上前、小説家になるために小説を沢山読み始める日々が始まると共に、拙く楽しく苦しい、創作の試みが始まりました。
自分が考えた物語を出力したくて、小説家を志した。そのきっかけをたどると、小中にかけてのいじめのせいです。
物理的な暴力はいっさい無かった。言葉の暴力でした。でも、私の精神は数年にわたるストレスでズタズタにされました。今でも心に後遺症は残っています。現在は基本的に電車を使わない生活をしてますが、学生時代に通学で使っていた時、全く関係ない男子数人のバカ笑いの声がすると、本当に怖かったし怒りが湧いてきた。たぶん今も、電車に乗ったら体が同じような反応をするかと思います、確実に。
いじめられていた当時、先生に二、三回訴えた記憶があります。でも何も変わりませんでした。これは先生が悪いとかではなく、子供に限らず人間には「こいつは攻撃していい、下に見ていい」と認定したら何処までも残虐になるものだからですよ。私にもその残虐性はある。一度集団の中で張られたレッテルは、剥がすのはほぼ無理。
振り返っても不思議なのが、家族にも相談しなかったし、不登校にもならなかった。風邪を引いたとき以外は、学校へ行ってました。うーん、ここから私の処世術として「嫌なことがあったらひたすら忍んで耐える」が基本的なやり方になったんだよね。それのせいで、後からひどい目に合うわけですが……。
要は小説家になる夢は、現実から逃避するための輝かしいシェルターだったのです。オタク趣味もね。確実に、あの頃の私にとって、その夢は必要だった。生き延びるためには、自分を守るためには必須のものだった。
私のあやまちは、生き延びるための夢が、手に入れなければならないトロフィーになってしまったことかな。
いろいろ考えたんです。不思議だったんです。どうして、小説家になる夢を諦めることができなかったのか。
だって、夢を持ったのは義務教育期間中だったのに、10万文字近くの長編小説を初めて応募できたの、就職してからですよ? 高校大学と、夢を持っていたはいいものの、書く能力が全く無かったんです。大学四年間の間、短編とかは多少書いてましたが、長編を一度も仕上げられなかった。最高で三万文字前後かな?こんな惨状なら、普通諦めますよね?
書けない、そのことに気づいてはいましたが、諦めることは出来なかった。創作の泉が枯渇しているのもわかっていた。それでも諦めることが出来なかった。
何でなのか……去年だったか今年だったかに、ようやく自分なりに言語化できたんです。
小説家になることは、私が手に入れなければならないトロフィーなんだと、無意識のうちに設定していたからだと。
いじめられていた私は、現在進行系でまだ傷ついてる、泣き叫んでる、怒ってる、恨んでいる。
そんな自分を救うためには、奴らを見返してやるしかないんです。そうしないと、あの時の私は救われない。
見返すことは、何回か出来ました。希望していた高校に受かったこと(いじめてきた奴ら全員より、高い偏差値の高校だったんです。あれはめちゃくちゃ気持ち良かった)。新卒の就職先が、当時の私の価値観としてはかなり良いところだったこと。
「私はこういうことが出来た!お前らよりすごいんだ!ざまみろ!」と、一人で心の中で言うために、私は「心の中で、奴らをギャフンと言わせる外的なトロフィー」を求めてました。
なぜか。過去の私の心を救うために、絶対に必要だったから。みじめで傷ついた私を救う手段だったからです。
まあ、私が一度描いた理想を執拗に追い求める頑固な性分なのも、あるんでしょうけどね。
で、思春期のオタク女子特有の可愛らしい夢だったはずが、傷ついた過去の自分を救うためには必須のモノへと変わって行ったんですよね。
とある人から「あなた完璧主義じゃない?」と言われたことが何度かあります。私は完璧主義のつもりはありません。ただ、理想がかなり高く、欲深く、足ることを知ることはない、という側面はあるかなと思います。関係ないですが、以前占いで「現実主義のわりに夢見がち、もしくは夢見がちのわりに現実主義」と言われたことがありました。これもすごくしっくりきたなあ。
そう、だからね。自ら設定したトロフィーが、自分の得意な能力の先にあるならまだよかったんですよ。
私、小説を書く能力、無かったのに目指したのよ。無理やり己を鍛えたのよ。そりゃあ、辛いに決まってる。
ほっといても物語が(もしくは文章が)ほとばしって書いちゃうのだ〜、という人が、そもそも小説家に向いてると思う。私が目指していたジャンルは特に、それが必要。私はそうじゃないの、ハッキリ言って。しかも、流行を追いかけて書くこともしなかったし。能力も努力も足りなかった。私は、その器ではなかった。
……ただ、無理やり鍛えた果てに、確実に上手くはなりました。「過去の自分より上手いかも?」と初めて強く実感したのは、小説家を志してから十年過ぎていた。そして二十年は過ぎましたが、一次選考も通過できました。しかし、通過したその長編で、己の創作の限界も見えたんですよね。
トロフィーを目指して、私は「失敗」しました。
夢につまずいても、叶えられなくても、どうにか大丈夫なように、人生を歩いてきたつもりだったんですけど。
私の理想は高く、外的なトロフィーでしか己を救えないと囚われ、手に入らない現実に苦しみ、他者を妬み。
社会は厳しく、自分なりに頑張ったつもりだけど社会人としては根性がやはり甘く、内心不満だらけなのに何らかの行動をすることもなく、疲弊してひたすら家にこもりそれを情けなく思い。
元スクールカースト下位の私は、元スクールカースト上位(と推測される)同じ部署の人の理不尽な態度に文句も言えなかった。
仕事が出来なさすぎて、上の人にかなり嫌われたこともありました。それはまだいいとして、当時アラサーのいい年こいた、仕事場でしか付き合いのない人に「こいつなら何言ってもどんな態度をとってもいい」と突然認定されるとは思わなかった。反論出来なかった私も大概ですが、そういうことしてきた向こうも大概だと今なら思う。
個々人のフィジカルの強さに頼りきったあの部署、辛かったなあ。私の主観では人数に対してかなり仕事が多いのに、唯一仕事の裁量権を握ってた上司は、自身も疲弊してるのにフィジカルが強すぎる人だから、たぶん私の気持ちを理解してなかっただろう。これから先も一生理解することもないだろう。下手したら、「自分は悪くないのにどうしてか恨まれてる」とか考えてる可能性まである(私は、そう妄想してしまう)。たぶん特定には至らないので書いてしまいますが、今でも強烈に恨んでるその上司、かなりの確率で発達障害だと思います。たぶん、A◯HDとA◯Dの混合型。まあ本人に全く自覚なさそうなので、これからもマイペースで生きてくのだろう。反吐が出る。
社会人として私がかなりの甘ちゃんだったことは認めます。自分なりに頑張りはしたつもりですが、自覚は薄かったな。社会を泳ぐごとの厳しさ、仕事への責任感も、他の人より薄かったなあ。
再三繰り返しますが、自分なりには頑張ったつもりでした。周りはどう見ていたか知りませんが。
あら、話がズレたなあ……。
まあ、要は、理想が高すぎる欲深い私は今、人生に「失敗」したと挫折し、傷ついてる最中なのです。
外的トロフィーは欲しい。過去の自分を救うために(いや、今の自分もか)。でも、求め続けるのは辛い。もう疲れました。
外的トロフィーが手に入らないなら、私はどうやって過去と現在の自分を慰めればいいのでしょう。
なんかもう、記憶喪失になりたいですよ。それで私の若さも失った時間も戻るわけないのにね。
はい、私に元気があれば、この「暗い話」シリーズは続けようと思います。
紙の日記帳に書いてもいいんだろうけど、ネットに書くのもアリかなと、今は思えるので。
