短編・旧サイト拍手ログ
「どうしようもなかったんだから、しょうがないじゃない」
「おいおい、そういう開き直りはよしてくれ」
「開き直り?違うわ、私は事実を言ってるだけよ」
「そうやって、詭弁を弄するのはお前の得意技だな……さて、どうしようか、これ」
男は、目の前に浮かぶ球体を指さした。
それは、青い色の印象的な星だった。
「まったく、俺とお前の夫婦喧嘩のとばっちりをくらって隕石をくらうなんて、ついてないなあ。これじゃあ、もうこの星の生物は生きてないんじゃないか?」
そういって、男は目をこらした。
静かだった青色の表面が、ある一点から円状の筋がいくつも立ち上がり、規則的に円を描きながら星全体に広がっている。
その円は途切れることなく、次から次へと生れ出る。
しばらくその様子を眺めていた男は、やれやれとため息をついた。
「だめだ、こりゃ」
「私のせいじゃないわよ。あなたが悪いのよ」
「あのなあ、首からそれだけ星をぶらさげてるっていうのに、まだ欲しいっていうお前がわがまますぎるんだ。もっと自重しろ」
「だって、もっと欲しいんだもの」
女は頬を膨らませた。男はやれやれとためいきをついた。
「今日こそ言わせてもらうけどな、だいたいお前は……」
「あなた、私にこっそり隠れて五一億六千三百八十六万四千七百三十五回浮気したの、忘れたとは言わせないわよ」
女はそういって、きっと男を睨みつけた。たちまち男の目が泳いだ。
「ああ、そりゃそうだが、けれどそれは様々な命と運命が生まれるためには必要不可欠……」
「ずっとそうやって言ってなさいよこのあんぽんたんっ」
女は怒り心頭のままどこかへ去っていき、男はあわてて女のあとを追った。
「なあ、ちょっとまてってば」
「あなた、後片付けは?」
「……あ」
男はしばし呆然となった。後片付けには、多大な時間と労力が必要になるからだ。
そうなれば、しばらく女のあとを追えなくなる。
「お前、まさか計算してやったわけじゃないだろうな……?」
男はさぐるように女をみた。女は澄まし顔で答える。
「あら、めちゃめちゃに腕を振りまわしてあなたを殴るついでに隕石にふれちゃってその隕石があの星にぶつかったのは、たまたまよ。そこは本当に偶然なのよ? ただ、あなただいぶ昔にいってたじゃない? そろそろあの星の運命が変わる時期だ。完全なる滅亡か新しい誕生か、どちらがおとずれるかはさすがに私にもわからないが、でも変革の予感が今全身を貫いた!って」
男は記憶をさぐった。確かに、そんなことを言ったような気がしないでもない。
「あれ、でも本当に言ったか? いや、ちょっとまてよ、そう言ったのはあの星にたいしてであってこの星にたいしてじゃ……あれ?」
混乱する男を尻目に、女は朗々とよどみなく述べる。
「つまりね、たとえ私が故意にやったことであっても、そうじゃなくても、この星はいまこの時にこうなるさだめだったのよ。つまり、私は全然全くこれっぽっちも悪くないわけ」
「なんだかものすごく力技でまとめてるな」
「いいじゃないの!じゃあ、後片付け、よろしくね。私は自分一人であの辺に行って星を探してくるわ」
そういって、瞬く間に女はさっていった。男が止めるのもきかずに。
「……ったく、次にあいつを見つけるのはいつのことになるやら……」
そうぼやいたが、自分がやらねばならぬことを放棄するわけにもいかなかった。
男は青い星を見、手をかざす。
眉間にしわをよせ、やはりか、とため息をついた。
この星に生を受けた命は、もはやひとつ残らず絶えてしまっている。
しかし、この星には、いまだ復活する希望があることも読みとれた。
ほんのわずかではあるにせよ、微力な胎動の予兆が、ある。
「まだ、終わりではないのだな……」
男は、静かにつぶやいた。
〈了〉 ネット初出 2009.3.29