短編・旧サイト拍手ログ
そう、例えば君は、歴史が何で記されるのか、考えたことはあるだろうか。
それは、血だよ。人の体に流れる、赤くて不吉で美しい、血に他ならない。
血の記憶、血族の流れ、争いでつくられた赤い河川。歴史をひもとけば、いつも影にはそれが隠れている。むしろそれが歴史を支える土台だと言って差し支えないだろう。
我々は生き残るために子孫へと血を繋いできた。
我々は勝ち残るために道具をもって血を流し続けてきた。
それを忘れてはいけないだろう。いや、忘れることはできないだろう。
なぜなら、その君の体の中には、争いを経てなお死ぬことがなかった祖先の血が流れているからだ。
それは人間であったときも、人間に進化する前も、自然淘汰や不慮の事故や、不条理な偶然をくぐりぬけてきた祖先の血なのだよ。
君はそれを忘れてはいけない。普段は意識の表面になくとも、深い記憶の水底では、君の血は常に鼓動し続けている。
積み上げられてきた過去と、まだ真っ白である未来と、その二つに共鳴しながら。
君の血はどこから流れてきて、どこへ行くのだろうか。
君の運命は誰にからめとられ、誰を苦しめながら紡がれ続けるのだろうか。
ほら、歴史は血の遍歴だ。
そして、絡み合う運命の糸のせいで、人と人は出会い、別れを繰り返す。
さあ、君は儚い砂礫の上に、どんな足跡を残すのだい?
(2010/11/4~2011年頃)
「さようなら」を言うのは簡単なんですよ?
心が痛まない限りは、誰かに別れを告げるのは簡単です。
傷つけることも、嘘をつくことも、だますことも、陥れることも簡単です。
それらが出来れば、別離の意思をを言い渡すのは、造作もないことでしょう?
なのにどうして、あなたはそれが出来ないんでしょうかねえ?
……まあ、そういう私も、出会いと対になった別れを味わうのは、とても苦手なのですけれどね。
勘違いなさらないでくださいね。苦手なだけです。別に傷つきはしません。
ええ、だって人は皆、本来は孤独にさまようものなのですから。
(2010/11/4~2011年頃)
あなたは、「パンドーラの匣」をご存知でしょうか?
これは、古代ギリシアのとある人物が本に記した物語です。ええ、いわゆる神話というやつです。
どうして、人間の世界には苦しみが満ちているのか、という問いに対する、当時の人間が知恵を絞った回答です。
内容を、簡単におさらいしておきましょうか?
初めての人間の女、パンドーラは、エピメテウスに嫁入りする前、ゼウスから匣を持たされました。ただし、ふたを決して開けてはならないという、奇妙な言いつけも一緒でした。
しかし、地上に降り立ったパンドーラは、ついつい好奇心に負けてふたをあけてしまうのです。
中から飛び出してきたのは……後悔、傲慢、ねたみ、ひがみ、死といった、ありとあらゆる苦しみでした。しかし、その苦しみの後に飛び出してきたのは、希望だったのです。
これは、我々もよく経験していることですが、何かある種の苦しみを経験した後、人は一筋の希望を見出すことが多い。それがあるからまた歩いて行ける。それがあるから、また進んでいけるのです。
しかし、それは本当に、幸せなことなのでしょうか?
私たちは、時としてパンドーラを責めますが、責めるべきは、ふたを開けてしまったことではなくて、希望を解き放ったことではないでしょうか?
なぜそんなことを言うのかって? では、反対にお聞きします。
――あなた、“希望”のせいで自分が振り回されたことは一切ないと、言いきることができますか?
あえて一言で済ませます。私のいいたいことは、すべてここに詰まってますので。
いいえ、わからないのならいいのですよ。それはあなたが、『幸せ』だという証拠だと思いますから、ね?
(2010/11/4~2011年頃)
世界というのは、基本的に無慈悲なものです。
例えばそう、あなたがたった今地球上から消えたって、普通どおりに朝は訪れますし、時間は過ぎてゆきます。太陽は熱を発しながら輝き、大地のプレートは少しずつ動き、人々はいつも通りの日常を淡々とこなしていくでしょう。
あなたはしかし、それを嘆いておられるようですね?
世界は、あなたがいてもいなくても、回り続ける。それは常識です。
でも、その常識が気に食わないと?
私から言わせれば、たった一人の人間が欠けたくらいで全体が壊れてしまう世界こそ、願い下げですがね。
世界にとって、それだけ重い存在となるのがあなたの望みなのですか?
私はごめんです。考えるだけで怖気が走ります。
私は、誰にも嘆かれず、記憶されず、ひっそりと消えてゆく方が、とても楽だと感じますよ。
(2010/11/4~2011年頃)
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