その1 ある日の帰り道
「ねえ、どうして学校に来て勉強しなくちゃいけないのかなあ」
それは、いつもの夕方の帰り道でのことだ。
俺の幼馴染みの深空(みそら)は、いきなりそんなたわごとを言った。
「は?」
俺はちょっとした侮蔑の意味をこめて、笑う。
「んなこと俺に聞いてどーすんだよ?」
「んー、なんていうか、自主的に学校の勉強を放棄している広希(ひろき)なら、学校で勉強する意味がわかってるかなあって、思ってさ」
「………」
絶妙な皮肉。
これたぶん、けなされてるよな。
いや、こいつはそんな性格じゃないから、この場合、褒められているのか。
どっちなんだ一体。
まあ、その点については突っ込みをいれるのを止めておこう。
その代わり俺は、質問で返す。
「なあ、そんな馬鹿馬鹿しいこと聞いてくるなんて、何かあったのか?」
「なっ?!馬鹿馬鹿しくなんかないよ!!」
逆上してしまった深空を慌ててなだめて、俺は辛抱強く次の言葉を待つ。
こいつは、悩みとかを抱えてない限り、こんなこと、突然言ったりしないからな。
何せ、単純で何ごとにも一直線なことだけが取り柄の奴だし。
まあ、本当に、冗談抜きでこれだけ、なんだけど。
「私さあ、夢が、ないのよ」
しばらくたって耳にしたのは、落ち込んだ深空の声だ。
俺はいきなりの抽象的な単語に驚いた。
「夢って、あれか?将来の夢か?」
「うん」
「ないから、どうしたっていうんだよ」
「うー、今日ね、クラスの友達と進路の話してたんだ。そしたらさ、みんなだいたい、やりたいこととか、なりたい職業とか、決めてるんだよね………」
「ふうーん」
何だ何だ。
こいつのクラスメイトはなんでそんなにまじめな奴が多いんだ。
高校生なんてなあ、学生の特権をふりかざしてその日その日を気ままに楽しむもんなんだぞ。
って、そういうことこいつに言ったら、
「それはあんただけよ」
って言われるな。
間違いなく。
「で、私だけ、なあんにも決めてなくて、仲間外れみたいだなーって、思っちゃってさ」
沈んだ深空の横顔。
それを見ながら、俺の口からはついつい本音が飛び出してしまう。
「あー、本当馬鹿馬鹿しい」
「なっ、またそんなこと言って!私は真剣に悩んでるんだよ!」
「お前の真剣は三日で消えるんだ。安心しろ。俺が言うんだから間違いない」
「むっかーっ!失礼ね!広希なんかに相談した私が間違ってたわ!」
「ああ、確かに間違ってるな」
「は?!この上侮辱する気?!」
と、そこで、俺はいきり立つ深空の頭に、ぽんと、手を置いた。
「いいか、夢なんてさあ、学校で勉強しながら見つけりゃいいだろ。学校で見つからなかったら、学校なんかとおさらばしてどこかに行けばいいんだよ」
見ると、いきなり俺流の答えをくらって茫然としてる深空がいる。
おれはその頭をぽんぽん、と、軽く叩いた。
「な、だから、俺に相談するまでもないだろ。こんな簡単なこと」
上目遣いの幼馴染みと目が合い、俺は笑う。
すると、深空は素早く目をそらして、さっさと先に歩いていってしまった。
その後ろ姿を見ながら、俺は思った。
これはたぶん、照れてるな。
置いてかれないように、適度なスピードで深空の後ろを歩きながら、俺は言った。
「一応、俺にもな、夢があるんだ」
一旦咳払いして、ちょっぴり小さな声でつぶやく。
「ずっと、お前とこうして、馬鹿な話して盛り上がることが、俺の、何より大事な夢なんだ」
その後。
俺も奴も、二人とも黙ったまんまで口をきかなかった。
まあ、俺としては、その方がよかったと思うんだ。
だって、俺が照れてること、深空にばれなかったしな。
〈了〉 ネット初出 2008.2.14
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