Stage 8


「今が大変な時だって、わかってる。でも、私は知らないといけない。そんな気持ちがどうしても消えなくて。あの、夢の女の人が……〈はじまりの女〉が」

過去でも現在でも恐れられ、生死を操れると言われた人間の女性。

そんな空恐ろしい力を持った人が、夢の中では苦しみ、泣いていることが多々あった。

「どうしてあんなに悲しそうだったのか、死ぬことを選んでしまったのか、知らないといけない気がして。きっとデスピオ山に行けば、少しだけでも手掛かりが見つかるはずだから」

マリンが、驚愕に目を見開いた。それに気がつくことなく、月子は土下座する。

「だからお願い、私が山に行くのを止めないで下さい。みんなに心配と迷惑をかけたのはわかってる。後からたくさん怒られるのは覚悟してる。でも、これだけは譲れない。お願いします!」

「どうした? 腹でも痛いのか?」

会話の流れをさえぎり、メルンがこちらへ戻ってきた。

土下座状態の月子が、痛みをこらえていると思ったようだ。

「なら、薬を飲んですぐに帰るんだ。マリン様と一緒に馬に乗って――」

「メルンさん」

マリンが立ち上がり、メルンに向き直る。

「気が変わったわ。私も月子ちゃんと一緒に、デスピオ山に入る」

「え、今さらどうしたんだ……ですかっ? 打ち合わせ通り、俺だけ薬草を採ってくるって話だったでしょう?」

ぎこちない丁寧な話し方をするメルンに、なんとマリンは頭を下げた。

「わ、勘弁しろ……てください! 〈イリスの落とし子〉にそんなことされる覚えはないです!」

「月子ちゃんは、私が見張ってる。用事が済んだら、ううん、得る物がなかったら、あなたと一緒にすぐに帰るわ。こんなこと、急に言ってごめんなさい。許してくれるかしら」

数瞬の沈黙の後メルンは、額に手を当てて呻いた。

「俺も〈シュビレ〉だって、嫌というほどわかりました。七部族に仕えなきゃならないとか、〈イリスの落とし子〉の権威とかどうだっていいやって思ってたのに、今、マリン様に逆らえそうにない」

上体を起こしたマリンは、申し訳なさそうに笑んだ。

「ごめんなさい、ありがとう」

月子も勢いよく立ち上がり、メルンに駆け寄る。

「メルンさん、ありがとう! じゃあさっそく……痛っ!」

先程よりわずかに重い拳骨が頭に命中し、思わず相手を睨む。

「何するのっ!」

「さっきのはリオの分の拳骨で、今のは俺の分だ」

「ひどい! 私だって〈イリスの落とし子〉なんですよ!」

「やかましい、ツキコ様はじゃじゃ馬娘でいいだろ! リオにどう言われようが、俺はしばらくそう扱うからな!」

そのまま稚気めいた喧嘩を始めようとした二人を、マリンが間に入ってなだめる。

「言い争いは一度、お預けにしない? みんなが心配するから、なるだけ早く帰らないと」

「ああ、確かにそうですね」

ふるふると首を振り、気を取り直したメルンは、月子に視線をやりながら、ある方向を指差した。



「あれが、噂の山ですよ」

その指差す先にあったのは、神話時代の女性が眠る、禁忌の山。







「ついにそこに行くか、〈風〉の少女よ」

薄暗い部屋で、男は愉快そうにつぶやいた。

全身はゆったりとした布に包まれ、笑みを刷いた唇の形だけがわかる。

楕円形の板に映るのは、デスピオ山を見つめる月子の姿だ。

「あの者に近い、当代の〈風〉の少女」

男は手を伸ばした。板に映る月子へ向かって――いや、その遥か遠くにあるものへ。

「お前は、歪められたさだめを知った後、果たしてどうするかな?」

男は唇を真一文字に結び、何事かを囁いて。


また再び、笑った。
 
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