Stage 1
「わっ!! な、何だよー」
「そいつの家? どこにあるんだ?」
「へ?」
話についていけない真守に、弦稀は勢い込んでせまる。
「その転校生の家、どこにあるんだ? 今から行くぞ!」
「はあっ?! って、俺が知ってるわけないって! ……え、弦稀、まさか」
「確証はないけど、石の気配を感じてから、まだ一週間も経ってない。その転校生が、いつこの町に来たのかわからないけど、もしかしたら……」
弦稀は黙考し、次いで真守に耳打ちした。
三時限目も終わり、あとは国語の授業を終えれば、昼食の時間になる。
転校二日目は、昨日と同じように少しの質問攻めに合うだけで、他は特に何事もなかった。昨日、いきなり体調を崩した月子を慮ってか、クラスメイトは気を使ってくれているようだ。
適度な距離を保ってくれた方が、こちらとしてもやりやすい。昨日のあれは事故のようなものだが、不幸中の幸いといったところだろうか。
「やべっ!! 教科書忘れてきたっ!」
隣りの席の遠城寺真守が、鞄をかきまわしながら叫んでいる。彼とは今朝軽く挨拶を交わしただけで、後は口をきいていなかった。からかってくる人もいないし、月子は内心安心していたのだが。
「ねえねえ、教科書見せてあげたら?」
前の席に座っていた女子が、真守を指差しながら月子に笑いかける。
「……え?」
意味ありげな笑みの意味を推し量っている間に、それを耳ざとくききつけららしい真守が、断ってもいないのに机をくっつけてきた。
「えっ。ちょ、待っ……」
「ありがとう、風賀美さん。本当に助かるよっ」
満面の笑みで言われてしまえば、つき放すこともできない。月子は曖昧に返事をしておくほかなかった。
「う、うん、いいよ。困った時は、お互い様だから……」
その後、昨日真守をからかっていたのと同じ人物にまたからかわれ、それをまた真守が否定する、という光景を、月子は放心状態で眺めていた。
(噂にならないと思ったのにな……)
まさかとは思うが、この遠城寺真守という少年は、からかわれているうちにその気になってしまったのだろうか――そんなことまで、勘ぐってしまう。
板書をノートに写しながら、真守の表情をちらりと盗み見る。彼も必死に、ノートに何かを書きつけていた。
どうやら真面目に授業を受けているようだ。勝手にひとりであれこれ思い悩んでいた自分が恥ずかしくなり、耳から垂れた髪をいらただしげに指ですく。
真守が月子の腕を叩いたのは、その時だ。
(え?)
振り向いたその刹那、真守は前方を見ながら、自分のノートを月子の方へと差し出した。
そこには、余白部分にこう書かれていた。
『話がある。昼休みに屋上に来て』
月子は、その文章をまじまじと眺めた。ちら、と視線をあげると、真守がこちらを見ている。
どう反応したものか考えあぐねていると、真守はさらにノートにつけたした。
『大事な話なんだ。絶対、来てほしい』
どくん、と心臓がはねた。大事な話――一体何なのだ、それは。
無意識に服の上から、石を握りしめる。真守がその手の動きを目ざとく注視していることに、月子は気がつかなかった。
月子はひとつ息を吐いて、真守のノートに返事を書きつける。
『いいけど……私、屋上がどこにあるか、知らないんだ』
『じゃあ、授業が終わったら一緒に行こう』
返事を書き終えると、真守はノートを自分の机へ引き寄せる。
彼の目的が何なのか見当がつかず、もう授業に身が入らなかった。
○○
チャイムが鳴ると、真守は自分の机を元の位置に戻した。
「ありがと、助かったよ」
「う、うん……」
短い会話の最中、意味ありげに真守が視線を送ってきた。彼は数秒間月子を見つめた後、くるりと踵をかえし、教室を出ていく。
月子も、教科書やノートをあわてて片づけ、真守の背中を見失うまいと、廊下へと飛び出した。
教室から次々に吐き出される、同学年の生徒たち。その波に飲み込まれないように、歩調を緩めた真守を追いかけた。
彼は一度こちらを振り向いたが、目が合うとまた前を向き、歩き始める。
廊下の突き当たりを、階段の方へまわる。一階分登った後、真守は方向を変え、特別教室棟へと足を運ぶ。
二、三メートルの距離を縮める気になれず、月子は真守の背中をぼんやりと見ていた。
「ここの棟の階段を使わないと、屋上へは行けないんだ」
前を向いたまま、彼は説明してくれた。突き当たりにまた階段が現れ、そこを登っていくと屋上へ続く扉があり、行き止まりとなっている。
真守はドアノブをひねり、月子がついてきていることをもう一度確かめてから、体重をかけて扉を開いた。どうやら、あまり開閉されてないせいで、使い勝手が悪いようだ。