Stage 8


月子は、だから学生鞄や制服がここにあるのだ、と納得する。

リオはとにかく、三人の私物をここに持ってくる必要性があったのだ。

(カエンさんとマリンさんが〈デミウルゴス〉に捕まった時は、こういうことができなかったんだ)

カエンとマリンの時は、場所の特定に至る条件が不足していたのだろう。

だが月子と弦稀は、リオが迅速に動いてくれたおかげでこうして助かったのだ。

「それで、腕輪みたいなものだったかな? が一番気配を感じたみたいなんだけど……」

その後は、ウリリヤが継いだ。

「ツキコ様がいると思われる範囲が、あまりにも広すぎたんです。それでどうやって探そうか、お兄ちゃんとリオさんが一生懸命相談していたところに、ウーレア様が突然現れて。別件で訪ねてこられたのですが、お兄ちゃんから話を聞いたとたん、皆さんを探しに行かれました」

そして、ウーレアの能力で、手当たり次第にその辺の地面を潜って探していたところ、運よく五人を連れ帰れた、ということだそうだ。

(ウーレアさん、本当に危ない橋を渡ってたんだ……)

「でもなんで、ウリリヤの人探し能力が、今回は空ぶったんだ?」

「ウーレア様が言うには、〈デミウルゴス〉の根城に張られた結界が強すぎて、それが邪魔したんじゃないかって」

「ええ……そんな能力の持ち主がいるのか。怖いなー」

月子はあの少年を――四ツ谷拓爾と名乗った人物を思い出す。男と少年に姿を変え、人には持ちえない圧を感じた。

おそらくは彼が〈デミウルゴス〉の長なのだろう。真守を操り、月子も術で手中に収めようとした。一体何が目的なのか。

「ウーレア様の行動は僕もはらはらしたけど、とりあえずは皆様が無事でよかった。マモル様の安全が気になるけど、今後のことはこれから考えよう。今はとりあえず、ツルギ様とカエン様の回復を優先させないと」

「おうよ、明日薬草を採りに行くから、治療は任せなって」

とん、と胸を叩いてみせるメルンに、月子は思い切って頼み込んだ。

「私も、デスピオ山に連れていってください!」

意外な要求だったのだろう、リオも、メルンもウリリヤも目を丸くする。

「あの、ツキコ様……?」

リオが不思議そうに問うのも無理はない。

この世界の住人からすれば、デスピオ山は畏怖よりも恐怖の対象であり、すき好んで赴く場所ではないのだ。

そこは〈はじまりの女〉と呼ばれる女性の墓がある、禁じられた領域。

けれど月子は、強い義務感のようなものに囚われていた。

「どうしても、確かめたいことがあるんです」

胸に巣食う焦燥も疑問も、その山へいけば、解決の糸口が見える気がするのだ。

あの途切れ途切れに見る夢の全貌が、きっと明らかになる。そういう確信めいたものがあった。

戸惑うように目を合わせるリオとウリリヤと違い、冷静に口を開いたのはメルンだ。


「ツキコ様は留守番していてほしい。カエン様とマリン様から聞いたけど、〈デミウルゴス〉に捕まっている間に、さんざんな扱いを受けた上に、妙な術もかけられかけたんだろ? 目立った怪我はないかもしれないけど、気がつかないうちに影響が出るかもしれない。あんまり無理に動くのは勧めれないから、ここで待っていてほしいんだ」

「でもっ」

前のめりになった月子は、強いめまいに体が傾ぎ、机に突っ伏してしまった。

視界は数秒間歪み、すぐに起き上がれない。

「ツキコ様!」

リオが、ツキコの両肩を支え慎重に起こす。

「お疲れなのですね。今夜はもう、お休みになってください」

「リオさん……」

月子は口を引き結んだ。

真守に気絶させられたのは、おそらく三、四日前。その間に沢山のことがありすぎた。

先程まで眠っていたせいか疲れは感じないが、体は正直に不調を訴えているのだ。

それにこれ以上我儘を言えば、リオもメルンもさらに困り果てるかもしれない。

「ツキコ様、薬師として進言します。数日間は大事をとって安静にしてください」

急に真摯な口調になったリオに、月子は言葉を飲みこまざるを得なかった。

ウリリヤがさりげなく立ち上がり移動する。月子が寝ていた寝台を整えに行ったようだ。

月子の無言を了承と解したのか、リオは月子の背とひざ裏にそっと手を差し入れ、軽々と持ち上げる。

「ひゃっ」

急にお姫様抱っこをされ、先程まで寝ていた寝台に連れて行かれる。

リオの行動に深い意味などないのはわかっているが、この手の接触に慣れていない月子は、頬をほんのり染めた。

幸い、夜だからそのことはばれなかったようだ。

「お休みなさい、ツキコ様」

「あとは兄たちに任せて、明日はお休みになってください」

リオとウリリヤはそう言い、部屋を出ていってしまう。

ぽつんと残された月子は、掛布のふちをつかんで顔を半分埋めた。

(私は〈イリスの落とし子〉なんだから……あんまり我儘言って、皆を困らせるのはよくないよね)

横向きに転がり、ため息をつく。部屋の外で三人は小声で何やら話していたが、ふいに言葉が鮮明に耳に飛び込んできた。

「今、リオの集落って、どの方角に移動してるんだ?」

「ここからだいたい東の方だけど、それがどうした?」

「んじゃ、途中まで一緒に行かないか? 少しでも馬で移動した方が、リオも疲れないだろ?」

聞き流しそうになったが、月子ははっとする。

(ここから東……途中まで、一緒……)

この二人の会話から読みとれることは――月子あれこれ考えを巡らし、掛布をすっぽり頭までかぶった。





まどろみが引いていく中、忘れていた痛みが波のように押し寄せてくる。

弦稀はゆっくり首を動かし、意識を失う直前と場所が変わってないことを確認した。

部屋に唯一ある窓の外は、日が昇った直後のようだ。かなり長い間、眠っていたらしい。
 
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