Stage 8


「いや、薬草の件は気にするなよ。リオは長老のところへゆっくり行ってこい。明日、俺一人で山へ行く。幸い、この集落は一番山から近いからな」

(え……?)

聞き耳を立てていた月子は瞠目した。鼓動が速くなっていく。

「そんな、メルンだけに任せる訳には……」

「いいんだよ。リオだって疲れてるだろ。動くのは最小限にした方がいい。俺なら薬草の見分けがすぐつくし、三年前に入山した時の記憶も残ってるし、大丈夫だって」

「ずいぶんあっさり言うな。怖くないのか?」

「ま、なんとかなるさ。俺は過去に何回か薬草採りに行ってるし、他の奴よりは慣れてるから」

「ありがとう、二人とも。俺に体力が残っていれば、すぐにでも山に行ったんだけど」

すかさず、ウリリヤがウーレアをたしなめる。

「ウーレア様、これ以上の無茶は駄目。ていうか、なんで起きてるんですか? さっさと横になってください」

「そうだぞ。〈デミウルゴス〉の根城を一発で見つけたわけじゃなくて、手当たり次第探したんだろ? どうなるかと思ったけど、よく無事だったよな」

感心しているのか呆れているのかわからないメルンに、失礼だろ、とリオが小声で突っ込む。

「結果がよければすべてよし、じゃいけないかな?」

再び、ウリリヤが声をあげた。

「いいわけないわ。私の人探しの能力を使っても、〈イリスの落とし子〉のいる場所がちゃんと絞れなかったのに、『だいたいこの辺を探せばいいんでしょ』って、お気楽過ぎなのよ! 今回は、たまたま運がよかっただけなんだからね!」

「おい、ウリリヤ」

小言を言おうとしたらしいリオにも、ウリリヤは食ってかかる。

「リオさん、私はお兄ちゃんと違うわ。礼儀正しくするのと、無謀なことを怒るのは全然別の話よ! 優しく進言してもウーレア様が聞く耳持つわけがないのは、わかってるもの!」

平坦な物言いだが、なぜか、リオが剣幕におされて言葉を飲み込む様が目に浮かぶ。

(あれ、そもそもなんで私、盗み聞きしてるんだろ)

立ち続けている間、完全に意識は覚醒した。

そろそろ目が覚めたことを伝えに行けばいいのではないか――そう月子が思ったとたん、腹の虫が長く鳴る。

「あっ……」

そして運の悪いことに、それが四人の会話の途切れ目で鳴ったのだ。

ゆっくり扉が開いて、ウーレアがにっこりとほほ笑む。

「ツキコちゃん、助かったよ。ご飯でも食べる?」

腹を手で押さえ、首まで真っ赤になった月子は、すぐに返事ができなかった。





具沢山の小麦粥のようなものを、御馳走になった。

ウリリヤが、念のため月子の分を寄りわけてとっておいてくれたらしい。

冷めてはいたが、菜や肉のかけらの出汁に塩味が聞いていて、舌鼓をうつ。

そういえば、朝以降何も食べていなかったのだ。空腹も手伝ってか、口に匙を次々運んだ。

向かいに座っていたメルンが、月子の食べっぷりに愉快そうに笑む。



「いやあー、それだけ食べれるなら、ツキコ様は大丈夫そうだな。うん、負傷者が少ないのに越したことはない」

月子の隣に座ったリオは、怒る気も失せたのか、あきれ顔で友を見ている。

「敬称をつければいいってものじゃないだろ……」

「わ、私は平気ですから、リオさん」

「ほらほらー、リオは気にしすぎだって、この子も言ってくれてるだろ?」

リオの怒声が飛ぶ前に、メルンの脳天をウリリヤの平手がはたいた。

「いってえっ!」

「お兄ちゃん、さすがに馴れ馴れしすぎるわよ」

隣に座ったウリリヤにため息をつかれ、兄であるはずのメルンは小さくなった。これでは、どちらが年上なのかわからない。

「リオさん、ウーレア様はちゃんと寝台に押し込んできましたから、安心してくださいね」

「ありがとう。本当に君はしっかりしてるね」

「お兄ちゃんが、こんな調子ですから」

ウリリヤは月子に向き直り、軽く頭を下げる。

「ご挨拶が遅れました。〈シュビレ〉のウリリヤと言います。こんな兄ですけれど、少しは良いところはありますので、どうかお許しください」

「い、いえ、メルンさんの薬のおかげで元気になりました。それと、今晩は本当にここに泊めてもらってもいいんですか? 私たちが寝台を使ったら、お二人が眠れなくなるんじゃ……」

先程メルンに説明して貰ったのだが、診療所には弦稀と、カエンとマリンが寝泊まりし、この小屋では月子とウーレアが寝泊まりすることになったらしい。

治療が必要な弦稀とカエンを優先した結果だそうだ。

「どうか、私と兄のことはお気になさらず、ゆっくりお休みになってください」

月子は言葉をなくした。

同じようなことを、先程メルンやリオにも言われたのだ。自分が気にしすぎなのだろうか。

月子の拭えない違和感を知ってか知らずか、ウリリヤが問う。

「もう少し、お召し上がりになりますか?」

「いえ、お腹いっぱいです。ありがとうございます」

椀にはまだ、数匙粥が残っている。残りを黙々と口に運んでいると、リオが席を外し、別室から何かを持って再び現れた。

リオが手にしているものを見て、月子は驚く。

「あれ、通学鞄? 制服も?」

しかも三人分だ。ということは、月子と弦稀と真守の分だ。

それらを机に置いてから、リオが床に片膝をついて頭を下げた。

「緊急事態とはいえ、荷物を勝手に触りました。申し訳ありません」

「え? あの、どういうことですか?」

「ざっくり言うと、リオはツキコ様達を探すために、ウリリヤの人探しの能力を頼ったんだよ」

メルンが言うには、こうだ。あの日の夜、突如として消えた三人の〈イリスの落とし子〉達を探すため、リオは元々の知り合いだったメルンの妹、ウリリヤを訪ねた。

「妹は人探しが得意でさ。〈シュビレ〉にはありがちな能力だけど、ウリリヤのはかなり精度が高いんだ。けど、探してほしい相手の居場所を特定するためには、いくつか条件がある。そのうちの一つが、その人物が気にいっていたものか、もしくは直近まで身に着けていたものに触ること」
 
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