Stage 8


「それは! メルンの態度に呆れたからだろ! 仮にウーレア様が許したとしても、ここにいる他の方にはきちんと丁寧な言葉遣いで接するんだ。わかったな!」

「へいへい」

視線をあさっての方に向け、メルンはうるさそうに返事する。

その瞬間リオのこめかみがビシッとひきつるのを、月子は目撃した。

彼はごほん、と咳払いし誰にともなく頭を下げる。

「申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしまして……」

ウーレアは、あはは、とこともなげに笑い飛ばした。

「君達って、本当に仲が良いよね。俺が知っている限り、いつもそんな感じで話してるんだもん」

「ほらほら、ウーレアもこう言ってくれてるだろ。だから俺がわざわざ堅苦しく話す必要はないんだよ。丁寧に話すのは、リオだけで充分なんだって」

「メルン、今の言葉で、どうやったらそういう解釈が出来るんだ」

「おいおい、いくら〈イリスの落とし子〉がたくさんいるからって、気が立ち過ぎだぞ。とにもかくにも、ウーレアがこんなに大勢救出できたんだから、まずはそれを喜ばないとな」

「誰のせいで苛立ってると思ってるんだ!」

ウーレア以外の〈イリスの落とし子〉があっけにとられる中で、お気楽なメルンと気まじめなリオのやり取りは、しばらく続いた。





リオがなんとか理性を総動員して不毛なやり取りを終了させ、一同はメルンの住処へ向かった。

怪我のひどい弦稀を馬に乗せ、メルンが後ろから支える形で同乗し、ゆっくりと進んでいく。

ウーレアは二人が乗った馬の手綱をとり、カエンはマリンを気にかけ、手を繋いで歩いている。

となると必然的に、月子の隣にはリオがいることになるのだが。

「ツキコ様、お辛いようでしたら、すぐに仰ってください」

「いえ、大丈夫です……」

いつものように、どぎまぎしてしまう。相手の好意を素直に受け取ることもできない自分に、頭を抱えたくなる。

ふと、こうして悶絶するより先に、言わなければならないことがあると、思い立った。

「リオさん、心配かけてごめんなさい。〈シュビレ〉の人たちに、怪我はないですか?」

「ええ、誰も何ともありません。ただ、ツキコ様達が突如消えた日の晩、すさまじい雷鳴を聞いた者が何人もいました。あれは、どういうことでしょうか?」

月子は顔を伏せた。

「私にわかるのは、遠城寺(おんじょうじ)君があの時点で既に〈デミウルゴス〉に操られていた、ということだけです」

信じがたい光景がいくつもよみがえる。

虚ろな目の真守が、確かな憎悪をもって弦稀を攻撃していた。

そしてあろうことか、親友を傷つけた後、自分に唇を重ねてきた――抗えないほどの強い力で月子を腕に閉じ込め、噛むようなキスを何度も続けたのだ。

(だ、だめっ! 今は余計なこと思い出している場合じゃない!)

「マモル様が操られていた? そんな……」



「でも本当なんです。いつどこで、そんな目にあったのかは分からないけど、もしかしたらリオさんが見つけたときには、〈デミウルゴス〉の手に落ちていたのかも」

リオは、唇を引き結んだ。

「皆さまを救出できた、と喜んでいる場合ではないのですね。そんな能力を持った者があちらにいるとは、初耳です。このままでは、マモル様と同じような目に遭う方がいらっしゃるかもしれません」

ウーレアと弦稀から同じような話を聞いたらしいメルンが、こちらを振り返った。

「リオ、他者の心を操れる能力って、聞いた覚えあるか?」

「〈シュビレ〉ではいないと思う。仮に存在したとしても、そんな能力は使いどころがないし、悪用すれば一族から追放だ」

「だよなあ。ただ、〈デミウルゴス〉の奴だったらあり得ない話じゃないかもな。なんせ闇を司る神の名を、御大層にも自分たちにつけてるし。人道に反する術くらい、身につけてる奴がいてもおかしくないのかもな」

そういえば、と月子は今さらのように質問する。

「〈デミウルゴス〉って、神様の名前なんですか?」

「ええ、メルンも言っているとおり、闇の神の名です。創世と光を司る兄、〈マーナ・アルバル〉神に背き、闇に落ちた弟……申し訳ありません、てっきりツキコ様に説明したとばかり思ってました」

「い、いえ」

こっちこそ、〈デミウルゴス〉はあの組織の独自の名称だと思っていたのだから、リオが謝るようなことではないのだ。

リオは続けて説明してくれた。

「兄の〈マーナ・アルバル〉は、たくさんの部族が自分達の神と共に崇めていたりもするのですが、〈デミウルゴス〉は殆ど祀られていません。その性質から、避けられてしまっているのです」

「それは、闇の神様だから……?」

「そうでしょうね。本来、人には良いところも悪いところもあります。どちらかに極端に偏った者もいますが、ひとつだけの性質を持っている者はいません。それでもなお、光と闇を平等に祀れないのは、闇にたやすく呑まれる弱さを本能的に知っているからでしょう。神という存在であれば、人はとうてい抗うことはできませんから……あ、これは僕個人の解釈ですので、どうぞお気になさらずに」

月子は首を振った。

「ありがとうございます。まだ知らないことが沢山あるので、これからも教えてください」

「はい、僕でよろしければ」

会話が途絶えたところで、月子の両脚はずんと重くなった。

先程薬を貰って体は楽になったが、疲労は完全に抜けてはいないようだ。

沈黙のせいで、そのことに気づかざるを得ない。

(メルンさんのおうちまで、あとどれくらいなんだろう……)

どれだけ時間がかかるのか知りたかった。けれどリオに問えば、彼は余計に自分を気遣うかもしれない。

それは申し訳ないので、月子は質問を飲みこんだ。

「あっ」

ふいに血の気が引いて目の前が歪み、気がつけばリオに抱きとめられていた。
 
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