Stage 7
あきれと怒気を含んだ突っ込みに、ウーレアはのほほんと答える。
「やだなあ、助けにきたに決まってるじゃないか。でも、ここに来るまでに力を使いすぎちゃったみたいで、ちょっと眠いんだ。ねえ〈デミウルゴス〉のみなさん、本当に申し訳ないけど、ちょっと休憩させてくれないかな?」
などと言いながら、ウーレアは再び目を閉じた。なかなかの大人物だ。
月子をはじめ、ここにいる〈デミウルゴス〉も、ウーレアと同じ〈イリスの落とし子〉ですらも、そのマイペースな空気に呑まれ、二の句が告げなかった。
「馬鹿馬鹿しい……」
沈黙を最初に破ったのは、クリティアスだった。
彼が手を伸ばした先には、マリンがいた。
気配を感じたマリンは直感のままに半歩ずれるが、クリティアスの方が、動きがわずかに早かった。
彼はマリンを片腕で捕えると同時に、もう片手に氷の刃を出現させた。
「マリン!」
カエンが近づこうとするが、クリティアスは声で制した。
「動かないでください」
「離してっ!」
背中から抱きしめられたマリンは、クリティアスの腕の中でもがくが、不吉な冷たさが首筋にふれ、大人しくせざるをえなかった。
「こちらには、人質にできる〈イリスの落とし子〉が何人もいる。あなた一人でどうにかできるなど、思わない方がいい」
カエンに一人の〈デミルゴス〉が近づき、剣を突きつけた。妹が害されるかもしれない状況では、彼も動くことはできないだろう。
「あー、やっぱり休憩なんて出来ないよね。当然だよねえ」
先程と同じような口調で言い、ウーレアは再び立ち上がった。
その際、彼はさりげなく、拳大の石を足で転がす。それが、月子の足に触れた。
『聞こえるかい……?』
例のテレパシーだ。頭に響くウーレアの言葉に、月子はさりげなさを装った。
『はい、聞こえます』
『その石、できればその彼にも触らせてあげてくれるかい?』
言われるがまま、月子は具合が悪くなったふりをして体をかがめ、石に触り、それを弦稀の手に触れさせた。
『麻倉君、聞こえる……?』
一拍置いて、驚愕に満ちた声が響いた。
『は……なんだ、これ』
月子は、〈イリスの落とし子〉の中だけで、このテレパシーの類ができるらしい、と簡単に説明する。
ふわあ、と目の前で欠伸をするウーレアの声が、再び響いた。
『もし俺の攻撃が失敗したら、助けてほしいんだ。君達と、あそこにいるカエンとマリンを連れていくには、〈デミウルゴス〉全員の動きを、一瞬でいいから封じる必要がある』
そこで弦稀が、遠慮がちに言った。
『真守は……あいつは、どうなるんだ』
『え? マモル? 誰のことかな?』
せき込んだ弦稀の代わりに、月子が答える。
『一番奥に立っている、〈雷〉の〈イリスの落とし子〉です……でも、〈デミウルゴス〉に操られてしまっていて』
ウーレアは首を鳴らしながら、空間の奥を見た。さりげないふりをして、ちらりと月子も伺う。
何十メートルも離れたところに立っている、瞳から光が消えたままの、真守。
彼が先程から一切動かないのは、拓爾に――より厳密に言えば、あの謎の男に、心が支配されているせいだろうか。
どちらの側にもつかず、ただじっと事の成り行きを見ているだけなのだ。
『君の怪我は、彼のせい?』
弦稀は何も言わなかった。それが正解を意味しているのだと、ウーレアは受け取ったようだ。
『じゃあ彼を連れていくことは、出来ないね。ここから連れ出しても操られたままなら、彼は俺達の敵になってしまう。そんな危険な決断は、ここでするべきじゃない』
弦稀がわずかに歯ぎしりしたが、月子は何も言えなかった。
再び欠伸をしたウーレアが、すうっと目を細める。
右の人差し指で宙を指すその先に、いくつもの石と砂礫が現れ、小さな竜巻のように渦巻いた。
「――道を阻むものには、母なる大地の怒りを与えん」
「来るぞ!」
ウーレアが静かに言い終わるのと、クリティアスの怒声が響いたのはほぼ同時だった。
石の渦巻きは、一瞬押し固められるように小さくなり、どんと音を響かせて弾ける。
砂や砂礫は〈イリスの落とし子〉達を避け、〈デミウルゴス〉の者たちに飛んで行った。
ものの数秒のことだった。ある者は石で頭を打って昏倒し、ある者は砂礫で目を潰されうずくまっていた。
カエンとマリン以外で立っていたのは、三人だけだった。
結界のようなものを張り巡らせた拓爾と、マリンから離れ氷で石を凍らせたクリティアスと、そもそもウーレアが攻撃しなかった真守。
「あちゃー、上手くいくと思ったんだけどなあ……まずい、本当に休憩したくなってきた」
ウーレアが片膝をつき、はあとため息をついた。それを見計らったかのように、真守が白い槍を作り、歩み寄ってくる。
「ウーレア、しっかりしろ!」
カエンが怒鳴りながら、真守へと向き直った。
マリンも、とっさにクリティアスの足元だけを凍らせ、彼の動きを止める。
焦燥にかられた声で、クリティアスは言った。
「私にこの技は効かないのが、わからないようですね?」
言葉にする間にも、マリンの氷は彼の手元に集約され、凝っていく。
負けじとマリンも氷の力を放ち続けた。