Stage 1
真守は手元の地図に目を落とし、五丁目周囲にバツ印を書く。
「おいおい、今日感じなかったからって、明日も同じだって限らないだろ。バツ印はやめておけよ」
「確かに、相手は人間だろうから移動するだろうけどさ、一応年のために、な?」
真守が何気なく発した移動、という言葉に、弦稀は焦りの表情を見せる。
「もしも、だ。俺たちと同じ奴が、たまたまこの町内に数日間滞在する用事があってこの近くにいるんだったら、早いとこ見つけ出さないとマズイな」
もしそうであるのならば、次の邂逅がいつになってしまうのか、見当がつかなくなってしまう。相手が自分と同じように、石の気配を感じることができるとは限らないのだ。
「んんー、今のところ、学校周辺もダメ。四丁目と五丁目もダメ。となると、明日は三丁目とその向こう側、かあ」
真守は、中学校がある四丁目と、三丁目を分断するようにしかれている地図上の線を、サインペンの尻でなぞった。四丁目と三丁目の間にはちょうど川が流れているのだ。
「もし、明日も何も感じなくても、しつこく見つけるまでだ。隣町にも行ってやる」
強い口調で静かに決意を述べる弦稀を、真守はじっと見上げた。
「なあ、弦稀、何でそんなに真剣なんだ?」
「お前はもうちょっと自覚を持てよ。俺たちの仲間が、近くにいるかもしれないんだぞ?」
「そうは言っても、俺、気配が感じ取れないからなあ……」
二人はコンビニに立ち寄り、肉まんを買った。学校近くの公園まで移動し、空いているベンチに腰掛ける。
遊具の周囲では小学生たちが駆けまわっていて、楓の葉が衣替えの準備に入ろうとしていた。
「初めて、弦稀が声をかけてきてくれた時のことなんだけどさ……」
肉まんをするすると食べ終えた真守は、ぼんやりと正面を見ている。まるで、過ぎ去った過去を注視しているかのように。
「あの時、嬉しいっていうよりかは、どっちかというと恐怖を感じたな」
友人の横顔を見つつ、弦稀も脳裏に記憶を探る。
真守に声をかけたのは、小学校三年の時だ。
新学期から一カ月あまり過ぎた、夕暮れの運動場。その隅っこで、一人ブランコをこいでいた真守に、弦稀はいきなりこう切り出した。
『お前、俺と同じ石、持ってるのか?』
「……弦稀ってさ、昔も今も、初対面の奴に対してかなり無愛想だよな?」
いきなり話がはずれた指摘に、弦稀は眉を少し寄せる。
「妹でさえ、たまに俺のこと怖いっていってくるくらいだからな。親からもたまに注意されるんだ。どうしろっていうんだって、毎回思うけど」
肉まんを一口頬張り、弦稀はふと思い当る。
「おい、まさか、恐怖を感じた原因って……俺の見た目のせいか?」
「えっと、それは三パーセントくらいかな?」
どっちにしろ感じたのかよ、と内心突っ込みを入れる。
「残りの九十七パーセントは……びっくりした、からかな」
真守は手持無沙汰なのか、地図に印を使うために買ったサインペンを、くるくると器用に指先で回転させる。それでいて、瞳ははるか遠くを見ているように、空に注がれていた。
「だってさ、ずっと孤独だって思ってたのに、自分は異常だって感じてたのに、ある日突然、仲間だって言われてみろよ? 戸惑いの方が大きいぜ?」
「そんなものなのか?」
「少なくとも俺は、そうだった。触れてくるなって、思ったんだ。嬉しさよりも、孤独感が消えることよりも、一瞬だけど、怒りが勝ったんだよ―――今まで、うつむいて生きてきた自分に、どうして希望なんか見せつけるんだよ、って」
もう何年も前のことのはずなのに、当時の傷の痛みは、まだ記憶に残っているようだ。真守は少し、苦しそうな顔をしていた。
「なるほど、だから俺、いきなり不意打ちで攻撃されたわけか」
「……弦稀、あの時は本当に悪かった。マジですいません」
「いや、よけれたし、怪我もなかったし、怒ってないぞ?」
「そのわりに、目がすごく怖いんだけど?」
「目つきが悪いのは生まれつきだから、気にするな」
弦稀が肉まんを平らげたのを合図に、二人は腰をあげ。家路につく。
途中まで帰り道が一緒の二人は他愛もない雑談で盛り上がった。弦稀の表情に鋭いものが混じったのは、真守の何気ない一言だった。
「そういえばさ、俺のクラスに転校生が来たの、知ってる?」
「……そうだったのか?」
真守は友の真剣な表情に気づかず、話を続ける。
「お前って、相変わらずそういう情報に疎いんだな。風賀美さんっていう女の子なんだけど、これがまた、可愛くってさあ。いやあ、女の子って、いい香りするんだなあ……」
真守は、自分の顔が少しにやけているのに気がつかない。弦稀もそれに突っ込む余裕もなく、真守の肩をぐいと引きよせた。