Stage 7


そんな自己紹介など、当然真に受けることは出来なかった。

月子はかろうじて、脳裏に浮かんだ疑問を口にする。

「あなたも、〈デミウルゴス〉の人なの……?」

「そうだよ。お察しの通り。君達二人を、この世界に連れてきたのも俺だし、〈雷〉の彼を従順な人形にしたのも、俺さ」

月子は、無意識のうちに手を丸め、ぎゅうっと握った。

拓爾と名乗った目の前の少年は、本当に本物の中学生であれば、ちょっと大人びていて笑顔の魅力的な人物だ。

だがその容姿の裏に、計り知れない何かを隠していると感じる。

ただの人間ではないのは、間違いない。他の〈デミウルゴス〉の構成員からは感じ取れなかった、妙な存在感があるのだ。

(どうして……この人が、とても怖い)

それは、ただの人間が出せるような気配では、到底なかった。月子は硬直したまま、一歩ずつ近づいてくる少年を見上げた。

(私、この感じを……同じ気配を、知っている気がする)

それは、恐怖に近い、畏怖。

自分に害を成す相手かもしれないのに、戦うには強大すぎて、膝を折らざるを得ない。ただひれ伏すしかない、圧倒的な力の差が肌で感じ取れた。

拓爾が、歩みを止めた。月子は、彼が視線を移した先を追う。

槍の穂先を床に向けた真守が、物言いたげに睨んでいる。

「この女の子が欲しいの? でも、俺もこの子に用があるから。そこで、黙って見てるんだ、わかったかい?」

数秒の後、真守は後ろに下がった。服従の意だろう。

次いで、拓爾は声をあげた。

「クリティアス、そこの二人を、自由にしてあげて?」

すぐ、戸惑ったような声が帰ってきた。声の主は、あの赤い髪の青年だ。

「よろしいのですか?」

「いいよ。役者は多い方が、面白いだろう?」

だが、さらに探るような質問が返される。

「先ほど、見ているだけにする、とおっしゃってましたが?」

「うん、でも気が変わったんだ。だって〈風〉の女の子が、あまりにも面白くてさ」

そう返しながら、少年は月子に向き直った。目が合った直後、にやりと優しく微笑まれ、背中にびりっと怖気が走る。

すっとその片手が伸び、何とか退こうとするが、顎をつかまれた。

月子は膝立ちのまま、拓爾を見上げる格好になった。

見下ろしてくる彼の瞳は、あくまで優しい。道理のわかってない幼子を、暖かく受け入れる親のように。

「そう、やっぱり俺が、怖い?」

拓爾は両手で月子の頬を包み込み、膝をついた。

優しい灰色の瞳が、近づく。震えが止まらない。

浮かべる笑みは優しげなのに、裏に隠れているのは、真冬の闇のような、果てのない深さ。

カエンとマリンの足音が近づいてくるのが、わかった。月子はとっさに大声をあげる。

「私は大丈夫です! 麻倉君を助けてあげて!」

「でも……月子ちゃん!」

「いいから、早く!」



兄妹は、二言三言互いに交わした後、弦稀の方へ駆けていった。

拓爾は、くすりと微笑む。

「あの二人の力を借りれば、俺に勝てるかもしれないのに、そうしないんだ?」

月子は、何とか喉に力を込める。

「無理よ。あなたはここにいる中で、一番強い。私なんて、すぐに殺せるんでしょう?」

「うん、自慢するわけじゃないけど、そうだね。しようと思えば、一瞬で消せると思うよ。でも、面倒だからそんなことはしない」

拓爾の片手がすうっと、月子の首筋をなぞった。そのまま細い指が鎖骨を撫で、胸倉へと近づく。

相手の意図することに気がついて、月子はとっさに両手で胸の辺りを押さえた。間一髪で、石を守ることができた。

少年は、大仰に首をかしげる。

「君は、この石が嫌いなんじゃないのかい?」

「そうよ、でも、とても大事。あなたには触らせない」

「それは残念だなあ」

月子の手の上に、拓爾は手を重ねる。少し離れたところで、轟音が響いた。

音と光が明滅している。おそらく、カエン達が戦っているのだろう。

拓爾はのんびりと、世間話でもするかのように続ける。

「君のその行動は、勇気か、それとも無鉄砲かな? あちらの世界での君は、すべてが敵だと思い込んで、とても脅えていたはずなのに。今はこうして、泣きそうになりながら、俺と戦おうとしてるんだね。そういうの、俺は好きだよ。君みたいな、幼い魂のきらめきは、とても羨ましい」

さらに、顔を近づけてくる。その毒のような甘い微笑みに、油断すれば呑まれそうになる。

「君にはまだ、十分な強さがない。でも、力強いね。とても面白い。俺のお人形になった、あの〈雷〉の彼とはまるで正反対だ――君も今、俺の手元に置いておきたくなった」

重ねていた手に、力が入る。あっと思う間に、頬に添えられていたはずのもう片方の手が、月子の首の裏に移った。

もう一度と目が合い、くらり、と視界が歪む。

「思っていたとおり、君は、―――」

(え……?)

ひどいめまいがし、それ以上は聞き取れず、月子は目を閉じる。

脳裏に、またあの声が響いた。





(なぜ、こんなことに)

それはひどく狼狽した、女の独白。彼女はそれを言葉にはせず、ただ唇をそっと噛んだ。

だが間を惜しむかのように、彼女はその本心を隠す。

『恐れ多いことです。どうぞお考え直しくださいますよう。私のような身では、どうあがいてもふさわしくありません』

『どうか、顔をあげてほしい』

帰ってきたのは、男の声だ。低く耳に心地よい響きだが、女は肩をわずかに震わせた。

小さな足音がする。女の視界に、白い足先がわずかに見えた。

『私を、私だと悟る前のあなたと、話がしたいのだ』

『過去の無礼をお許しください。罰するのはどうか、私だけに。他の者に罪は……』

『私は、あなたと話がしたいのだ』
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