Stage 7
「月子ちゃん!」
振り向くと、マリンとカエンが部屋に次々と入ってきた。
青年があっさりと腕を放したので、月子は二人に駆け寄る。
「何かされなかった?」
「大丈夫かい?」
無事を確かめる声をかけられ、思わず涙ぐみそうになる。月子も口を開きかけた、その時。
――どさっという、重い衝撃音が背後で響いた。
月子と、マリンとカエンはとっさに身構える。
三人をこの空間に連れてきた〈デミウルゴス〉達は、平然と立っていた。
「まだ、決着がついていないようですね」
赤髪の青年がひとりごちる。月子は目の前の光景を受け入れることができず、呆然とその様を見ていた。
月子達がいる場所から、何十メートルか離れている場所に、二人の人影がある。
一人は、床に転がっていた。先ほどの衝撃音は、その人影が倒れた音なのだろう。
倒れた人影は、片手に槍のようなものを握っている。
その倒れた人影の首に、もう一人の人影が、これまた槍のようなものを突きつけていた。
その槍は、自ら光を発しているように見える。柄の全体的にちりちり、と細い糸のような光がまとわりつき、生まれては消え、を繰り返していた。
(あれ、〈雷〉の力だ……)
信じがたいが、それは紛れもない現実だった。
「何……どういうこと?」
訝しげに、マリンが声をあげる。それに答えたのは、赤髪の青年だった。
「あなたたちに、お見せしたかったのですよ――〈イリスの落とし子〉同士の戦いを」
月子は、両手を胸の前できつく握り締めた。
(嘘、嘘だ……どうして、麻倉君と遠城寺君が、戦っているの?)
カエンが声を荒げる。
「お前、あの子達に何をしたっ!」
前へ踏み出たカエンを、咄嗟に後ろに控えていた〈デミウルゴス〉の二人が押さえつける。
「私は何もしていません。私の能力は、そういうものではありませんからね」
もがくカエンに青年は歩み寄り、彼の負傷した肩をぎゅうっと鷲掴んだ。
「うぐっ……!」
「完全には治っていないのに、大したものです。何ならもう一度、凍らせてあげましょうか?」
青年が、これ見よがしに頭上に手をかざした。その指の間に、氷の粒が宿る。
「やめなさいっ!」
青年は後ろへ飛びすさった。彼のいた場所には、氷の槍が一本立っていた。
彼が再び体勢を整える前に、マリンは別に出現させた氷の槍を突き出す。
青年は、愉快そうに笑った。
「……なかなか、動きが早いですね」
マリンは、注意深く、そして激しく青年を睨みつける。
「これ以上お兄ちゃんに何かしたら、あなたの命はないわよ」
「面白いことを言いますね。私に勝つつもりですか? あなた方を捕えたのは、この私ですが?」
明らかな挑発だった。マリンは歯ぎしりし、青年に槍をぐっと突き付ける。
「いつも、自分が強いとは思わない方がいいわ。私達が油断する時があるように、あなたも油断する時があるのね」
青年が、喉の奥で笑う。口に刻まれた笑みが、深みを増した。
「その矜持をへし折るのも面白そうですが、私が命じられたのは、みなさんにあの二人の戦いを見せることです。どうか、槍を収めてください。私もこれ以上、遊びはしませんよ」
その言葉が合図だったのか、押さえつけられていたカエンは、解放された。
肩を押さえてうずくまるカエンに、マリンがかけよる。
「お兄ちゃん……」
「すまない、マリン……」
マリンは首を振り、涙目になって兄に抱きつく。
青年は二人の様子を見た後、硬直したままの月子へと視線を移した。
○
(嘘、こんなの、嘘だ……)
体ががたがたと震えだす。どうしてあの仲が良かった二人は、こんなことになっているのだ。
二人の人影は、先程から動きを見せなかった。
倒れたままの弦稀は、おそらく気を失っているのだろう。
雷で精錬したと思われる槍を握った真守は、友が目覚めるのを待っているのかもしれない――今でも友と思っているのかは、不明だが。
月子から、弦稀がかすかに身じろぐのが見えた。それに合わせ、真守も動く。
槍を持ち直し、構えて、そのまま穂先を弦稀の喉元へと――
「駄目えええっっ!!」
絶叫と同時に、月子は突風を放った。
ボールのように固まった風は、弾丸のように飛び、真守の手に過たず命中する。
雷の槍は床に転がり、真守が手を押さえている隙に、月子は駆けた。
後ろから、カエンとマリンの叫び声が聞こえたような気がしたが、構っていられない。
わずかに身を起こした弦稀に、月子は無我夢中で抱きついた。
「駄目だよ、お願い、もうやめて……!」
「かざか、み……?」
かすれた弦稀の声が耳に届く。月子は体を離し、満身創痍になっている弦稀を見て唖然とした。
血と汗で汚れた頬。まとっている服もあちこちが裂け、そこからまた、血がにじんでいる。
(ひどい……遠城君が攻撃したせいで、こんなことに?)
言葉を無くしていると、再び弦稀が問いかけてくる。
「どうして、ここにいるんだ? お前も、捕まって……」
そこまで言いかけて、弦稀はひどくせき込んだ。押さえた手の隙間から赤い色が見え、月子はさあっと青ざめる。
弦稀は、弱々しく笑んだ。
「さっき、口の中を切ったんだ。大したことない」
「そんな……早く、手当てしないと」
すっ、と誰かが近づく気配がして、月子は弦稀を背にかばった。振り向いた先には、槍の穂先を自分に向ける、真守の姿がある。
その目には既に、繊細さを隠しながら快活に振舞っていた、あの少年のきらめきはなかった。
夢を見ているような、どこかに感情の大部分を置き忘れてきたような、暗い目をしている。