Stage 7


だが月子にとっては、少し難しいことだった。

「えっと……気をつけま……気をつける、うん……」

だんだん小声になってしまう。頬の熱さを自覚しながら二人を上目遣いで見ると、マリンは目を丸くし、カエンは優しげに微笑んでいた。

「月子さんの好きなようにすればいいよ」

数拍おいて月子は、よし、と気合をいれる。

「あの……二人は何歳?」

「十七歳だよ。暦が違う世界に来たから少しズレているかもしれないけど」

ということは……やはり月子の記憶が間違いでなければ、計算が合う。

「二人がダナン・ガルズに来た後、地球に二人の代わりの存在が生まれたって、〈シュビレ〉の人が言ってた……その、カエンさんとマリンさんの代わりの双子が、今、テレビで人気なの」

月子はなぜかどぎまぎしながら、二人を伺う。

だが顔の良く似た兄妹は、ぽかんと間の抜けた表情をしていた。

(ま、まずいこと言ったかな……ずいぶん唐突な話だし)

だが、月子は好奇心を押さえれなかったのだ。緊迫している状況だというのに、全く必要性のない会話をしたいと思うのは、無意識の逃避行動だろうか。

「その双子は今、映画に出ていて、その映画がとても人気で……」

「ごめん、月子さん、ちょっと」

カエンは片手をあげて、やんわりと遮った。そのまま、マリンの方を向く。

「てれびとえいがって、何だっけ?」

「んー、そうねえ……写真は、お兄ちゃんも覚えてるでしょ? あれが連続で何枚も重なって、まるで動いているようにみえるのが映像。その映像を見れるのが、テレビと映画だよ。テレビと映画の違いは……えーと、電波で映像を各家庭に飛ばすのがテレビかな? 映画は映画館で映像を流してるのかな?」

「よく覚えてるなあ、俺にはさっぱりだよ」

「何言ってるの。お兄ちゃんだって、私よりも鮮明に覚えていること、沢山あるでしょ?」

今度は、月子がぽかんと口を開ける番だった。

「あ……聞いてのとおり、俺達があちらの世界にいた時の記憶は、少しずつ薄れてきているんだ」

「あんまり関心がなかったことが、忘れやすいみたい」

何でもないことのように、天気の話をするかのように、口調には一切の陰りも見当たらない。

カエンとマリンには、ごく普通の事実なのだろう。

だが月子の背中には、瞬間的に強い怖気が走った。

(何で……忘れちゃう、の?)

〈ダナン・ガルズ〉に来てから、既に何日も過ぎている。ここで生きていくしかないのだろうと、頭ではわかっていても、心はまだ全然追いついていない。

地球にいた頃の記憶は、懐かしいものとして時折脳裏によみがえってくる。それが、いつしか薄れ、消えてしまうなんて、思いもよらなかった――いや、考えたくなかった。



もう元に戻れないことは理解しているつもりだ。けれど、過去が浸食され奪われるという事実は、今の月子には酷だった。

「月子ちゃん、あのね……」

異変に気づいた様子のマリンが、月子に近づいた、その時だった。




「ごきげんいかがですか?」

壁の一部が消えた刹那、二人の人間を引き連れた、赤い髪の青年が現れた。

カエンとマリンは、とっさに三人の方に体を向け、敵を睨みつける。

それを見て、〈デミウルゴス〉の青年は、愉快そうに口元を歪めた。目もとは仮面のせいで、どんな色が浮かんでいるのかはわからない。

「元気なのはよろしいことです……さて、突然で申し訳ないのですが、あなた方を余興にご招待いたしますので、どうか一緒についてきてください」

返事をする者はいなかった。カエンとマリンは臨戦態勢をとかないし、月子はやたら丁寧な言葉で話す青年の真意が読みとれず、動けなかった。

数瞬の沈黙ののち、青年が大仰に天を仰ぐようなしぐさをする。

「当然ですが、私はそこのお二人には嫌われてしまったようですね」

言葉と共に、わざとらしく大きなため息をついた。月子がこの部屋に運ばれた時、最初に姿を見た〈デミウルゴス〉の彼は、ふいに片手を持ちあげる。

その指の隙間に、きらきらと細かい粒が明滅した。

「あなた方に拒否権などありません。この中で一番殺傷能力が高い〈火〉の〈イリスの落とし子〉すら、私に負けたのを覚えているでしょう?」

カエンが、ぐっと歯ぎしりをする気配を月子は感じた。

(あれは、氷の粒?)

つまり、氷を操る能力を持った彼に、カエンが負け、二人が囚われたということだろうか。

〈イリスの落とし子〉が、七部族以外の者に力で負けるとは――

(それって、普通のことなの? それとも、珍しいことなの?)

月子にはわからない。わからないことだらけで、もどかしい。

「あなた方に危害を加えるようなものではありませんよ――あなた方には、ね」

妙にその点を強調し、青年はつかつかと月子の元へ歩み寄る。

声を上げようとした時、片腕をつかまれ、抵抗する間もなく無理やり立たされた。

「なっ……!」

月子は腕をほどこうとしたが、出来なかった。

月子がもがく方向に先回りするようにして、青年は力を入れ、月子の自由を封じるのだ。

月子は片腕を拘束され、青年も月子を封じるために片腕を使っている。条件は同じように思えるが、月子の勘は危険を告げていた。

(私は今、この人と戦ったら、確実に負けてしまう……)
 
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